少し、触れるだけ。
真っ赤になる顔を見て満足する。
「め、メーア……?」
生真面目な顔が動揺に染まるのを見ると嬉しくなる。
「今……」
震える手を握って微笑んで。
もう一度だけキスをしよう。
離れたくなるくらいにならなくていいから。
今だけでいいからキスをしよう。
言葉なんていらないから。
「…………してる」
いつ、途切れてしまうか分からない愛の言葉なんていらないから。
もう少しだけ――キスをしよう。
「わたくしも…………ます」
親愛の証をあなたに。
前髪を持ち上げて、その額にキスをしよう。
「なんですか……」
不機嫌な声でも、顔は笑ったままのあなた。
どこまでも不器用に生きるあなたに親愛を。
「苦労性なガキにオレのに愛をってな」
軽いウインク。ふざけるのはここまでにしようか?
もっとからかってあげようか?
「……シュテルン。いい年をして遊ばないでください」
「遊ぶのに年なんて関係ないだろ? ヒンメル」
「関係ありますよ。私は、あなたと違って忙しいんですから」
忙しいのならさっさと出て行けばいいのに。
出て行かないのは、誘ってる?
遊んでくれって。小さい子供の頃のように。
「もう少しだけ休んでろって。お前一人が仕事しても何も変わらねーよ」
背ばっか伸びたかわいい子供。
座って居眠りのクセは変わらないのに言葉ばかり大人びて。
「まったく……」
呆れたように振舞っても拒まないのを知ってるから。
もう一度、親愛のキスを額に。
生きて自分より長生きしてくれよ、と願いを込めて。
その指に口付けを。
動かない貴女に鎮魂の口付けを。
「白い花の中で語り合うのが夢でした」
血の匂いの染み付いた貴女。
それでもなお高貴で美しい貴女。
幾多の魂を刈った指に口付けを。
体温のない貴女に――
「愛してます……忘れたくない。貴女も……何もかも」
涙を零すことを忘れても。
冷たい指先に口付けたこの感触は。
命のない貴女に捧げた口付けは。
たとえ何度死んでも忘れない。
何度殺されても――忘れたくない。
血に塗れてキスを交わそう。
二人にはこの舞台が似合ってる。
死神のキスと抱擁で召されよう。
終わらないダンスを踊るように。
「死ぬなら今が一番楽だと思うぜ、オレはよ」
口の中が鉄の味で満ちていて。
気分は愉快なほどに昂揚してる。
死線で芽生える恋とはこれを差すのだろうか。
首を絞められ持ち上げられて。
酸素を求めて喘いで。
「死んだら抱いてやるよ。寒くないようにな」
ゾクゾクするくらいの冷たい瞳を見つめる。
「死んでからじゃ……つまんねぇ……よ」
折られた腕を伸ばして抱き締めようか。
血に塗れて抱き合うのも悪くない。
「なんだ、大魔女様はずいぶんと欲深いんだな」
――あぁ、そうだろうとも。
こんなに血に塗れてるのに。
もっとぐちゃぐちゃにならなくてどうするの?
食事だよ。
首筋にキスをして、そのまま軽く噛む。
口の中へ入ってくる味は極上の甘露。
他の誰よりもあなたが一番美味しい。
「ナナセさまがねー一番美味しいんだぁ……」
うっとりと告げればあなたは笑う。
「このまま吸い殺されたりしてな」
そんな笑顔を他の誰かに向けたりしないでね。
その無防備な笑顔が大好きなんだ。
「ナナセさまぁ……もっと、喰べていい?」
細い体を抱き締めて。
赤く痕のついた首筋にキスをする。
「ダメだっつの。そこまでだ」
「えぇー……我慢できないよう」
せめて皮膚だけでも味わいたいと。
唇を這わせて、舌を這わせて。
少しだけ激しくなる心臓の鼓動を楽しむ。
「ねえ、いいよね? いいよね?」
「…………」
呆れたように笑って。
そしてやっとあなたはもう一度笑ってくれる。
「却下。あとは明日、な」
「ちぇー」
また明日、喰べてもいいって笑ってくれる。
甘いキスをまた明日。
少しだけ貪欲に。
割って入った口腔で絡みましょう。
先ほどまで食べてたチョコレートの味がして。
ワインの苦味にあなたが顔を歪める。
大人びて見えるあなたもまだ子供だと言えば怒るのでしょうか。
けれど怒られてもいいと思えるのはあなただけなのです。
「おい、チョーシのんなよ……」
少しだけ赤みを帯びた顔。
鼻にかかる嬌声は聞かせてはくれないけれど。
縋るように腕を掴む。
愛しいと――この腕に閉じ込めてしまおうか。
「ナナセ様……呆れましたか? 貪欲な私を」
作り物の腕で抱き締めて。
闇色の髪を撫ぜて。
頬を寄せる。
「いっそ、あなたのキスで殺されるのならば――」
「キモいこと言うなよ。勝手に人の口を凶器に仕立てあげんな」
不機嫌な声と顔。その手はいつでも誰かを殺せるのに。
今はこんなにも、か弱く――やわい。
「つか、アシュレイド……お前って、見た目に反して獣だな」
呆れて笑う。
「私が獣なら……あなたを放すことなんてなかったでしょうね」
籠の中で二人一緒に骨になるまで。
ずっと求めて、キスをして。
溶けてしまえれば、いっそ良かったのに――
忠誠を。
その手に。
王の御手に恭しく口付けを。
年も性別も関係なく。
生涯の忠誠を。
双黒の大魔女は永久の忠誠を手の甲へのキスに託す。
たとえあなたが戦えなくても。
あなたの御身を守るために戦いましょう。
百万の民の忠誠を。
この御手に。
百万の民の愛を。
この御手に。
やがては集う仲間たち。
今は認められなくても。
やがては総てがあなたのものになる。
忠誠をキスに変えて。
あなたの御手に。
いまはおやすみ。
魔族の夜は、赤い月のキスで始まる。
いまはおやすみ。
眠れる子供たちに愛あるキスを。
血の色をした 月のキスを。
オマケノキス――アシュレイド×夕莉