「あいしてる」


「っ……は、あ……あ、あぁ」
 熱い。
 焼き殺されそうなほどの熱が柔い肉壁を押し退け、湿り気を帯びたその部
分を擦る。奥へ奥へと進もうとする熱がもたらす息苦しさと、言葉が出ないほ
どの悦楽に嫌悪感を覚えた早紀は息を止めて目を閉じた。
「息しないと窒息するよ」
 硬く閉ざした唇に触れるのは濡れた指。
 先ほどまで無作法に早紀の中を乱していた部分に触れられたことに彼女は
怒りを露にした。
「気安く触らないで!」
「触るなって言われても……触るどころじゃないだろ?」
 ほら、と彼の目が向けられるのは鈍い痛みを訴える下腹部。纏っていた制服
も、下着も、全て取り払われ素肌となった早紀の腹部には小さな鬱血がまるで
咲き誇る花のように散っていた。
 さらにその下へと目をやれば、直視するのを躊躇いたくなるようなグロテスクな
モノが半分ほど、早紀の体の中へと埋もれている。
 他人でしかない二人を繋ぐその部分が熱い。
 火照る躯が何を欲しているか。
 それを本能で理解している早紀は――理解しているからこそ抗いたくて仕方が
ない彼女は、薄く開けた双眸で虫唾の走るような笑みを浮かべている彼を鋭く睨んだ。
 しかし早紀のそのような反応に慣れているのか、彼はどこか余裕を帯びた微笑
を浮かべ、そのまま濡れた指を頬へと這わせた。
 ゾクゾクと背筋を静電気のようなものが走る。
 思わず下腹部に力が入り、自分の内へと侵入してきた異物をより鮮明に認識して
しまった。羞恥か悦楽か、顔に熱が走る。きっと頬は赤く染まり、見れたものではな
いのだろう。
 この部屋が薄暗くてよかった。
 互いの顔が見えていようものなら舌を噛んで死んでいた。
「副島? そんな物騒な顔するなよ」
 俯いた早紀の顔を覗き込む色素の薄い双眸。
 目が優しいと言われる彼がこのようなことをしているなどと誰が想像つくだろう。
「お前が俺に逆らったら屋形がどうなるか分かってんだろ?」
「……ッ!!!」
 ――友達を人質に、性交を強いるなど。
 誰が思うことか。彼の本性を見抜けなかった己の不甲斐なさを悔いながら、早紀
はきつく歯を食い縛った。そうでもしなければ、自分の口から漏れる自分のものとは
思いたくもない声が出てしまうような気がしたから。
「ふぅ……ほんっと強情だよね、お前」
 呆れたように息を吐いて、汗ばんだ額へと唇を落とす。
 触れた柔らかさに苛立ちを覚えた。その唇で嘘ばかりを告げるその存在に、激しい
怒りを覚えた。
 宮下幸樹。
 特別目立つわけでもなければ、とにかく格好いいというわけでもない。地味な部類に入
るほうではあるが、一瞬――本当に一瞬だけ、目を引くときがある。誰しもが一度は意識
してしまう魅力、それが恋の相手であろうと刹那の秘め事の相手であろうと。
 そんな不可思議な魅力を持つ人間は、このようなことが許されるというのか。
「さっきから凄く苦しそうだけどさ。
 もしかして初めて?」
 結合部を凝視しながらの言葉に早紀は唇を噛んだ。
 喉元まで出かけている声はすべて呑み込み、下腹部の熱も痛みもすべて見ないフリをし、
ただ冷静であろうと。
「……どっちでもいいけど。喋りたくないなら喋らせるだけだしさ」
 再び、唇に熱い指が触れる。
 噛み締められた唇の輪郭をなぞり、そのまま軽くアゴを掴む。
 上を向かされたその顔が、目が見たものは間近に迫る幸樹の顔。特別整っているわけ
ではない。かといってブサイクかといえばそうではない。
 しいて言うならば目が、長い睫毛と切れ長の双眸が目を引いた。
 色素の薄い双眸は何を見ているのだろうか、どこか楽しそうで。こんな獣じみた行為をし
ているというのにどこか冷めていて。
 思わず見惚れてしまった。
「副島って結構、単純だよね」
「んうっ!?」
 呆けていた早紀の唇を素早く奪い、微かに血の滲んだ唇に舌を這わす。犬猫に舐められ
たのとは全然違う感触と匂い、これはクラスの女子が騒いでいた新発売の香水だろうか。
 酷く――優しい匂いがした。
「せっかくかわいい唇なんだからさ、傷つけるなよ」
 幸樹が喋るたびに唇がぶつかる。
 互いの吐息を肌で感じるほどの距離に顔を寄せ、早紀が後頭部を打ち付けないように優
しく枕の上へと頭を下ろさせる。その仕草が手馴れていることに気付くと、忘れかけていた
苛立ちが再び小さな火を灯した。
「バカなこと言わないでよ」
 顔を反らして唇が触れぬようにと逃げる。
「本当だよ。こんなときにお世辞言ったって無駄だしさ」
「ちょっと……!」
 首筋へと唇を這わせ、軽く歯を立てる。
 くすぐったいような、心地良いような不思議な感覚。嫌悪と快楽の狭間の奇妙な感覚。押し
寄せる波のような熱と、胸の奥で響く鼓動の速さ。
 脳裏を過ぎるのは先ほどの言葉だと言うのに。
――屋形がどうなってもいいの?――
「く……ぅっ」
 思わず吐き出しかけた声を呑み込む。記憶の中で微笑む友人の姿を想い、自らを組み敷
く男を見上げる。その眼差しは凍てついた氷の大地のように冷たく。
「……はぁ、私が……アンタの相手したら、涼芽には……なにも」
「しないよ。副島が俺の相手してくれる間はね」
「待って、それじゃあ……」
 確認のために口を開いた。
 この一度きりの情事で友達を守れたと――
「俺もさ、屋形のこと結構気に入ってんだよ。だからできるもんならヤッときたいし?
 きっとあいつのことだからお前に言ったのと同じこと言えばヤラせてくれるよ」
 笑いながら告げる、怒りを煽る言葉。
 もしもこれが彼の本性だと言うならば、今すぐに殺してやった方が人類のためになるではな
いかと思うほど、睨みつけようと細めていた双眸は間抜けなほどに見開かれて。
 胸に頬を寄せる幸樹を止める言葉すら思い浮かばなかった。
 ただただ頭の中でぐるぐると怒りが廻る。
 どうしようもないほどの怒りが。
「ボッとしてていいの? 俺はお前にペース合わせるつもりなんてないからな」
 いくつもの感情でグチャグチャな頭の中に響くのは、どこか冷たい幸樹の声と言葉。
 その言葉が耳の奥を過ぎ去った刹那、
「んっ……!」
 動きを止めていた熱が再び狭い内壁を押し広げて奥へと進入を始めたのが分かった。
 熱が熱を掻き分け、このまま二つに裂かれるのではないかという不安すら胸を過ぎる。痛み
を伴う息苦しいまでの快楽に思考が遮られる。
「っ、う……ふぁ」
 汗で濡れたシーツを掴み、痛みに耐えようと、漏れそうになる声を押し殺そうと歯を食い縛る。
細いその躯を弓形にしならせ、肉を裂くような痛みに瞠目する。
 見開かれた双眸に移り込むのは唇だけを笑みの形に歪めた幸樹の顔。
 どこか必死で、どこか心地良そうで。
「う、く……うぅ」
「はは……おい、副島」
 熱の侵入が止まる。
 もうどこまで入っているのか分からない。下半身すべてが自分のものではないようだ。
 熱く痺れて、乱れた呼吸が元に戻ってくれない。深呼吸をしようにも口を開くのが怖い、おか
しな声が出てしまいそうで。
 いっぱいいっぱいな早紀の顔を見下ろす幸樹は楽しそうに微笑み、その唇を頬に寄せる。
「分かる? 全部入ったのが」
「……ッ! よけいなっ、ことを……っう」
 躯の奥で熱が動いた。
 見えない部分だというのに、内臓でしかないというのに。熱が擦れただけで気が狂いそうにな
る。甲高い声で叫んで、目の前で笑うその肢体に縋りつきたくなる。
 こんなこと、一度たりとも思ったことないのに。
 男に抱きつきたいなどと、抱かれたいなどと。
「だいぶヤバそうだけどさ? このまま動いたら……声、出して泣いてくれるよな?
 ――お前に断る権利なんて一切ないけど」
 肩を掴む手。
 細いと思っていたのに逃げ出せぬほどの力で、痛みを覚えるほどの強い力で肩を掴まれた。
「あ、あ……やだ、やめっ……」
 躯の奥で自分ではないモノが這いずる。今までに聞いたことのないような音が、濡れた音が
下腹部から聞こえ、全身に鳥肌が立った。
 シーツを握る手に力が入り、投げ出された足の指先がくの字に曲がる。
 内壁を擦りあげ、教えたわけでもない――自分でも知らない部分を的確に刺激する熱は、何
度も何度も往復を繰り返し、途切れ途切れに漏れる声を愉しむかのように時折りその動きを止
めた。
「あっ、く……ふ、ふぁ……」
「楽しそうな顔しやがって」
 揺さぶられ、揺れる乳房へと手を伸ばす。
 その柔らかい感触を楽しみ、その頂きにある色の濃い部分を指先で軽く潰して転がしてやれ
ば、細い体が大きく震えた。
「や……だって……そこ、や……」
「やだ、じゃないだろ?」
「あ、あぁっ……ん、んぅ……」
 硬く目を閉じて声を堪えようと口を閉じる。
 必死で快楽に耐えるその姿に嗜虐心をそそられたか、幸樹は楽しそうな顔で早紀の体を揺さ
ぶっていた。揺れる乳房を弄り、汗ばんだ滑らかな肌に口付け、まるで恋人たちの愛の営みそ
のままに行為を続けた。
「――なぁ、副島」
 ふいに呟くのは低く抑えた声。
「明日もまた付き合えよ。屋形を守りたいならさ」