汗ばむ肌に顔を埋め、香りたつオスの匂いに顔を顰める。小さな舌打ち
は、荒い息遣いしか響かない室内では酷く大きな音にも思え、彼は気まず
そうに眉を寄せた。
「どうした?」
 少し掠れた耳に心地良い声。
 その声の持ち主は白い頬を紅潮させ、首筋に噛み付かれた跡を残した
まま、軽く首を傾げた。
「いや……なんでも」
 とても同い年には思えない色香にたじろいだか、彼は言葉を詰まらせる。
「なんでもないならぁ」
 細い腕が首へとしなだれかかる。
「もっと気持ちいいことしよ? 時間もったいないし」
 組み敷かれていた躯が持ち上がって、二人の結合部を揺さぶる。
 熱い肉壁に締め付けられた彼は息苦しそうに歯を食い縛りながら、達しそ
うになる己を制して息を吐いた。クスクスと笑う姿が脳裏を過ぎる。
 整った顔に意地の悪い笑みを浮かべ、それでも欲しがるモノを与えれば悦
楽に溺れる娼婦のような表情を浮かべ、高い声で啼く。
 昼間に見た姿からは想像がつかない。
 そんな姿に違和感を覚えながらも、彼は押し寄せてくる波のような欲望に抗
えぬこと悟ったか、期待に満ちた眼差しでこちらを見ているクラスメイトをまっ
すぐに見据えた。
「も……少し離れろよ。動きづらい」
 思っていたよりも声が震えていることに彼は驚く。
 余裕がないのは間違いのないことではあるが、今までのこういった行為の中
では一度たりとも声が震えるなんていうことはなかったというのに。余裕のなさ
を恥じようにもクスクスと笑うクラスメイトは緊張感のない声で、
「はーい。言うこと聞くから気持ちよくしてね」
 とんでもないことを平然と言ってのける。
 返す言葉の見つからない彼。密着していた肌が離れると火照った体を夜の
冷たい風が冷やしてくれる。窓をあけたままがいい――と言われた理由はこ
こだったのか。
 真夏の夜、だいぶ涼しくなってきたとはいえど、まだまだ寝苦しい。二人で寝
るとするならば暑さで悪夢を見そうなほどに。
 しかし、目前のクラスメイトは悪夢どころか夢を見る時間すら与えてはくれない。
 窓から吹き込んでくる冷たい風と、耳の奥に響く息遣い。
 指に触れる肌の熱さと、下腹部に感じる熱。
 例えようのない気分だった。
 柔らかなふくらみのない胸に手を伸ばし、痛そうなくらいに張り詰めている突
起を指先で軽く小突いてやる。
「んっ……」
 肩をすくめて声を上擦らせるクラスメイト。
 それと同時に結合部が彼のオスをきつく締め付けた。
「……焦らすなよ」
 眉間にシワを寄せて呟かれ、彼は困ったようにクラスメイトのひざの裏を掴んだ。
「知らないからな。明日……辛いとかなっても」
「平気、慣れてるから」
 手をヒラヒラと振って笑うクラスメイト。彼は湧き上がるよく分からない感情を吐き
出さぬようにと唇を噛み、そのまま熱を堪能していた自らのオス部分を根元まで押
し込んだ。
「っ……ん、ん……」
 圧迫感に苦しそうな表情を浮かべられる。
 しかしその口元は後からやってくる悦楽に浸っており、徐々に顔全体が恍惚とし
た笑みへと変化していく。肉の薄い唇から漏れるのは甘い嬌声――それこそ彼女
と行ったホテルで見たようなエロビデオのような少し耳障りで、それでも頭の奥を痺
れさせるような魔性の声。
 高いわけでも、愛らしい声というわけでもない、ただの男の声。
 それでも猛った陰茎に内壁を擦られ、抉られる快楽によって漏らす淫靡な声は見
知らぬ女よりもよっぽど魅力的だと、彼は頭の隅で思ってしまった。
 細い腰を左手で固定し、先ほど達したばかりだというのに再び鎌首をもたげ始め
た自分のものではないオスを利き手で扱いてやる。
「あ、はぁっ……! あっ!」
 自分でも制御できないほどの快楽に躯を反らせて声をあげる。
「……っ、六道?」
「あっあぁ、あ! も、もぉ……っ」
 両手で自らの顔を隠し、大きく反り返る細い体――
 手の中に吐き出された白濁とした液体。細かい痙攣と食い千切られるのではない
かと思うほどの締め付けを感じ、彼は慌てて引き抜こうと腰を引かせた。
 だが時はすでに遅く、男同士だからと避妊具もつけずに性行為に臨んでしまったた
め、クラスメイトの中へと吐精してしまった。注がれたものの熱さに短く声をあげ、結合
部を指でなぞる。
「ごめん、だいじょ……」
「あぁー……気持ちよかった。マジ、よかった……」
 彼の心配をヨソにうっとりとした顔で天井を眺めているクラスメイト。
「六道……?」
「三科、お前やるじゃん?
 マジで気持ちよかった。はぁ〜やっぱいいなぁ、この感じ。イッた! って感じ」
「いや……何を言ってんだお前……」
「だからイッたんだって。お前のおかげだよ三科」
 ぺしぺしとむき出しの胸を叩かれ、彼は呆然とクラスメイトの姿を眺めていた。
 勢いでこんなことになってしまった。しかも同性で。
 そんな後悔が胸の中で渦巻いていたというのに、この男は平然としているどころか満
足してハイテンションになっている始末。
「……はぁー。おれ、帰るな?
 受験勉強したいし……」
 少しでも悩んでしまった自分が恨めしくなり、彼は完全に萎えた自らをゆっくりと引き
抜いて、そのまま身支度を整え始めた。
「んじゃ、また明日なー」
 着替えているのを尻目にクラスメイトは全裸のまま寝息を立て始めた。
 なんて自由人なのだろうと呆れたが、彼はそれ以上は何も言わずに物静かなクラス
メイトの家を出て行った。一人暮らしだとは聞いていないが、両親が――自分たち以外
の人間がいるようにも思えなかったのは気のせいではないだろう。
 彼は汗でべたついた髪を気にしながらジメジメと熱い帰路へとついた。
 街灯がなければ何も見えないような闇夜。両手に残る肌に触り心地と、確かに感じた
熱を忘れようと彼はひたすら方程式を頭の中で繰り返した。
「サインコサインタンジェントサインコサインタンジェントサインコサインタンジェント……
両手でフレミングの法則イェア」




 ことの始まりは軽い会話。
 彼女にフラれて落ち込んでいた彼――三科 晶へと声をかけてきた校内ではそこそこ
の人気を保っている六道 陽介。人当たりのいい笑みを浮かべながら彼は告げた。
「女にフラれたくらいで落ち込むなって。
 もっと楽しいこと教えてやるし」
 ゲーセンやカラオケで遊ぶのだと思った晶は喜んで陽介へとついていった。そうして訪
れたのが学校の屋上。
 こんな所で何をするのかと問うた晶に陽介は眩しいくらいの笑顔で告げた。
「俺さーフェラ得意なんだよね。
 落ち込んだときはこれだろ。つーわけで脱げ脱げ」
「はぁ!?」
 突然の言葉に思わず間抜けな声をあげてしまい、六道に散々笑われることになる。そ
れどころかあれよあれよという間に脱がされた挙句――
「へー立派じゃん?」
「ジロジロ見んな!」
「いーじゃんいーじゃん? 減らないし、むしろ増えるし」
「何でお前は下ネタばっかなんだよ……!!!」
「好きだから」
 サラリと下ネタへの愛を告白されてしまった。
「俺さー男も女も好きなわけ。気持ちいいこと全部好きなわけ。
 フェラすっとーお前も気持ちいいし、俺も気持ちいいからいい感じじゃん?」
 よく分からない哲学書を読まされている気分だ。
「どうでもいいから離せよ!」
「やぁーだっ」
 ペタペタと剥き出しの陰茎に触れていた陽介が笑う。
 眩しい笑顔のまま、さもそれが当然であるといわんばかりに、まだ柔らかい陰茎を口へ
と運んだ。柔らかい唇に擦られ、先端を挟まれる。
 外気に触れている部分は温かい指先で擦られ、口の中にある先端は舌先でつつかれる。
「ちょ……シャレになんないって!」
「本気だもーん」
「ひぅっ!」
 たいして大きくないはずの音。舌先が晶の陰茎の先端を舐め、そのまま裏筋を根元へ
と向かって舐め上げていく。濡れた音が聞こえるのは間違いない、しかしそれは意識しな
ければ聞こえないような小さな音でしかないというのに。
 今の晶には、その音が周囲全体に響き渡っているような気がしてならなかった。
「だめ……っ、だ! 誰かに聞かれたら……」
「平気だよ。今の時間は誰も来ないし……つか、こっちに集中!」
「びゃっ!!」
 軽く歯を立てられ、悲鳴にも近い声があがる。
 本当に食い千切るかもしれない――こいつならやりかねない。特に何を知っているわけ
でもないというのに、こういうことばかり頭をよぎってしまう。
「おー硬くなってきたなってきた」
 嬉々として屹立している陰茎を眺める陽介。
 その間もしなやかな指は、絶妙な力加減で晶の陰茎を撫でては少しだけ強く擦る。
「上手いっしょ?」
「あぁ……じゃなくて、いいから離せって! そんなことするなって!」
 声を張り上げて主張するも、陽介はニッコリと満面の笑みを浮かべ、
「失恋の苦しみは快楽で忘れなさい。これ、テストに出るからな?」
「なんだそりゃあ!!!」
 絶叫も虚しく、このまま絶頂を迎えさせられてしまった晶は半ば放心状態のまま、陽介の
家へと連れて行かれることになった。
 そうして陽が暮れるまで懐かしいゲームで遊び、強制的に二人で風呂に入った後の出来
事だった。どれだけ異論を唱えても必ず性行為へともっていく強さは見上げたものではある
が、とても真似したいとは思わない。
 ――確かに気持ちよかった。ありえないくらいに気持ちよかった。
 おかげで失恋したことは痛手どころか遠い思い出になってしまっている。その辺は感謝し
てもいいと思うが、やはり同性でこのような行為はよくないと思う。
 理由は思いつかないが。
「ただいま」
 自宅のドアを開け、両親と顔を合わせるよりも前に自室へと駆け込む。
 バレるはずはないと思うものの、やはり何かが嫌だ。跡一つ残したわけではないのだから
問題とないはずだが――やはりいやだ。
 制服のままベッドに寝転んだ晶はぼんやりとした頭で、
「……気持ちよかったけどな……六道、顔もいいし……」
 ぼそぼそと呟きながら深い眠りへと落ちた。
 静かな寝息に混じって聞こえるのは荒い吐息。
 ねっとりとした空気と、触れる手の熱さに息が止まりそうになる。火照った肌を伝う舌の
感触と結合部から溶け出しそうなほどに熱い内壁の熱。
 触れる指先が熱を紡いで、熱を誘う。
 寝苦しいほどの熱帯夜。しかしどこか満ち足りて。
「あ……う」
 太股に触れる手の平。
 頬に触れる唇。
 両手を抱き締める両手。
 触れる人肌に息が止まる。
 頭の中が真っ白になりそうだ――