「憎悪」
「君ハ……殺サレタ……可哀想ナ娘……」
「……殺された……」
聞こえない聴覚を刺激する。
響く言の葉は劇薬。
脳裏に浮かぶ。
それは一瞬の惨劇。
綻んだ糸が落ちていく感覚。
柩の中に沈んでいた記憶が目覚める音がした。
「桜ノ木ノ下……君ハ……埋メラレタ恨ミデ……彷徨ウ……ンデショ?」
「……恨み……桜の……木の下……」
記憶の波が押し寄せる。
最期の光景が蘇る。
手を、足を、骸を。
支配するのは探していたものではない。
鼓動のない胸を支配するのは望まない感情。
制御を失う呪われた鍵。
目覚めの音を奏で、扉を開く。
「……望まない。違う……私……わたし……は」
言葉を失くした。
そこに紡がれるはずの言葉はとうの昔に失っていた。
「独リガ寂シイカラ……失クシタ……ボクモ……失クシタ……」
震える声。
変わる異形の姿へ。
顔が朽ち、体が溶け、骨が剥き出しになる。
どこか覚えのある姿は失われない。
すべてを失ってもなお、記憶という柩に存在している。
ずいぶんと前から知っているように。
忘却を許さない何かがあるように。
そう。
赦さない。
知っている。
「……ァァ……」
ソレは静かに少年と手を重ねる。
肉のこそげ落ちた手。
ぬくもりのない二つの手。
笑う少年。
対する表情は無。
「一緒ニ……逝クヨネ? ……」
繋いだ手を離さないよう。
少年の手は。
骨の手は力を入れる。
耳まで裂けた口が笑う。
足元が騒がしい。
柩が揺れる。
「大好キ……サクラチャン……」
告白。
ソレは初めて唇を笑みに歪めた。
血の色をした唇は三日月に。
周囲を囲む荊が震えた。
喜びを称えるように。
敵対心に打ち震えるように。
まるで――
「独りで消えなさい。私の憎悪……」
憎悪に目覚めた獣。
嘆きに磨いた牙を剥き出した。
ソレの変貌に恐怖するかのように。
小刻みに震えて天へ昇っていた。
→「殺ス」