「契約」
「モウ、独リハ嫌ナンダヨ……キミモ、ソウデショ?」
紡がれた言葉に絶望する。
味方ではない。導いてはくれない。
これは。
これは。
憎悪、を呼び起こすもの。
眠っていた憎悪を揺り動かす
動かない心臓を握る。
「一緒ニ逝コウ。大丈夫……ボクガイルヨ」
差し伸べられた手が朽ちる。
握れば共に朽ちて戻れはしない。
柩にも、この時間にも。
ただただ闇の中に漂い続けるだけ。
いずれ訪れる同じような亡霊を引きずり込む為。
その為だけに在り続けることになる。
浄化されることも、消滅することも。
赦されない――ただようもの。
永久なる呪縛に彼は誘っていた。
「名前ヲ呼ンダヨ。ボクト契約……交ワシタヨネ?」
「違う……わた……し……は……わ…………たし……は」
「探シタイモノナンテナイヨ。
キミハズット昔ニ死ンダンダカラ……何モ、残ッテナイヨ」
「しっ……て……る……」
「イツマデモ逃ゲテナイデ、ボクト逝コウヨ」
死の向こう。
彷徨うソレには残るものなんてない。
かつて生きていた肉体は朽ち果てたろう。
記憶からもすべてが抜け落ちてしまった。
何もない。
何もない。だからこそ彷徨う。
自分のことも、自分の行き先も忘れてしまった。
どこへ逝こう。誰に会おう。
天の国へはどう行けばいい。
何を思い出せばいい。
どうすれば抜け出せる。
少年の手は差し伸べられたまま。
朽ちた肉を落として揺れていた。
「アァ……ボクハ、キミノ死因モ知ッテルヨ」
少年が耳まで裂けた唇で笑った。
嫌だと頭のどこかが叫ぶ。
脳裏に桜が映り込む。
薄紅の花弁を舞い散らし、隠してしまう。
何かを隠して花弁は散る。
少年は笑っている。
全部知った顔で。
「いわな……くて…………い、い」
そんなことで知りたいものはない。
静かな胸が痛む。
言葉が重く圧し掛かった。
寝た子は起こすな。
寝た憎悪は起こすな。
→「憎悪」