「花詩

 

 今日は晴れ。

 今日も晴れ。

 今日は今日のまま。

 けれど唯一変わるものが天気。

 今日は晴れていた。

 暗い柩に差し込む光で分かる。

 これもやがて忘れるのだろうか。

 失くしたものの数が増えすぎた。

 今となって何から思い出せばいいの皮からない。

 それでも思いだそうと探す。

 言葉、記憶、想い。

 辛うじて残っている知識と記憶をまさぐった。

 あと少し。あと少し。

 そこまで迫っても思いだしたいものは逃げてしまう。

 大切なものを想えば想うほど頭に靄がかかる。

 まるで思いだすなといわれているようだ。

 もしもそう言われているのなら――従うしかない。

 何かが従えと言ってるのなら――従うしかない。

 理由は分からない。

 理由は必要ないのかもしれない。

 音のしない柩。

 どこからか響くのは歌声。

 ずっと同じ歌。

 この歌だけはかすれない。まだ。

 この歌が流れれば頭の中に花が浮かぶ。

 そこから何かを思い出せればいいのに。

 まずは花の名前を。

 この花は。

 薄紅色の小さな花。

「……さ……くら……」

 一つ思い出せた。

 さくら。サクラ。桜。

 この花は禁忌の扉を開く鍵だろうか。

 思いだしたい。

 思いださせて欲しい。

 歌声と桜とその先を。

 思い出したらいけない。

 誰かが囁いた。

 だれが?

 だれが?

 さぁ?

 だれ?

 しらない。

 誰も知らない。

 

 

「……わたし……は……だれ?」

 

 

 開いたままの双眸に映る光景が変わる。

 暗い柩に広がる黒い蓋の裏側ではない。

 一面に広がる灰色の空。

 と。

 人間の顔。体もある。

 

 

「君は誰かな? こんなところで何をしているの?」

 

 明るい調子の声。

 ソレは無言で開けられた蓋を奪い返した。

 喋らずに蓋を閉める。

 外は晴れていた。

 厚い雲に覆われた空と荊が良く似合う。

 外は晴れていた。

 ずっと晴れている。

 なぜ応えない。

 会話が成立するかもしれないのに。

 問いにソレは何も応えない。

 応える気力も言葉ももはや失くしてしまった。

 さあ、また思いだそう。

 歌声と桜と花詩と。

 

 

「残念。起きたら、お話しようね?    ちゃん」

 

 →「出逢い