「彷徨」

 
 常に暗い夜。
 今宵は一際明るい夜だった。
 普段ならば見えない先の先が見える。
 そのことに気付いたのは迷子。
 途端に恐怖が見える。
 道が見えた瞬間に戦慄がすべてを支配した。
 望みは還ること。
 願いは還ること。
 星に祈ったそれらは一つとして叶えられることなく、ソレは迷っている。
 今宵で何度目の夜か。
 恐怖の満ちる道を見据えてソレは小さく震えた。
 彷徨うこの場所から出て行く道か。
 はたまた終わりへと堕とす道か。
 温度を感じられない双眸で明るい夜空を仰ぎ、ソレは乾いた唇を震わせた。


「眠りたいの?」
 それはどこから聞こえた声だったか。
 ながいこと他人と会話をしていない。
 疲労を訴える足を見下ろし、ソレは息を吐いた。
 半分ほど閉じられている闇色の双眸を見開き、
「寝たい。私は……ただ、寝たい」
 最早願いは忘却の大海へと沈んでしまった。
 まるで生者であるかのように欲望を告げる。
「じゃあ私の中に入りなさいな。良く眠れるわ」
 どこから聞こえるのかわからない声。
 酷く優しい声音でソレを誘った。
 自然と足がそちらへと向かう。
 明るい夜に気が着いた道。続く、続く道。
 どこへ?
 どこに?
 分からずも恐怖がひしめき合う道を歩く。
 一歩踏み出すごとに聞こえる断末魔。
 誰かが叫んだ。
 誰かが泣いた。
 慟哭が響き渡る。
「ここよ、ここ。ここに私はいるわ」
 慟哭の響き渡る中でも見失わない声。
 声が示す先には真新しい柩が一つ。
 手を伸ばし、冷たい蓋に触れた。
 途端に安堵が胸に満ちたのが分かった。
 久方ぶりの感覚にソレは笑む。
 青白い顔に笑みを浮かべて柩へと転がり込んだ。
 身を横たえ、いつかと同じように胸の上で手を組む。
「……おやすみなさい……」
 いつかのように挨拶をする。
 就寝前に必ずしていた日常。
 双眸を閉じ、意識のすべてを手放せば闇が満ちる。
 薄れる意識の中で聞いたのは誰かの声。
「おやすみなさい……また……明日……」
 寝息の聞こえぬ柩を荊の蔓が這う。
 長い年月を過ごしたように絡みつき、侵食する。
 いつの間にか外は一つの光もないような闇で溢れていた。
 浮かぶ道は消え、あるのは柩がただ一つ。
 荊の蔓に囚われていた。
 音すらも消えた闇の中で声だけが響き渡る。
「終わらない夢を悪夢と呼ぶの……今日が続いて明日はこない。
 可愛い亡霊は様よって悪夢を旅するの。
 楽しんでね……
 今日の続きを――」

 

 →「さくら