ようやく咲き始めた桜に背を向ける。
鳴り響くカノン。
抱き合う級友、喜び泣く友達。
様々な声が聞こえる中だった。
彼女が佇んでいたのは。
「あっさりだなぁ〜」
桜の木々を見上げて苦々しく笑う。
「こんなところにいたの」
「お前のクラス早くね? オレのクラス、さっき終わったぜ」
背後に現れた二人の姿。
三人の手には萌黄色の筒が一つずつ。
「やぁ」
薄紅色の花弁がひとひら。
風に揺らいで舞い落ちた。
「今日ははじめまして。おはよう、二人とも」
赤いマント。
黒いローブ。
豪奢なコート。
何もないただの制服。
なんて地味な姿。
この手は二度と何かを発することはない。
魔法も神もない世界。
「体の調子はどうだ?」
「いつもどおりだよ」
紺色のブレザーをめくれば、傷一つない腕が垣間見える。
「当たり前じゃない。
あんなに高価なアイテムを使ったんだから」
「それもそうだな!」
「ラスボス戦でも勿体無くて使えなかったもんねぇ」
いつものように笑いあう。
カノンが鳴り響く。
国歌が校歌が鳴り響く。
全校生徒の歌声が重なり合った。
「卒業しちゃったねぇ」
それは何を含んだ言葉だったのだろう。
「ルイはなにするんだい?」
口を吐こうとした疑問は音になることなく。
その問いに答える言葉だけを紡いだ。
「オレは公務員目指そうかと思ってな」
「ゲンは?」
「私は美術を勉強しようと思うの」
「そっかあ」
背を向けて、桜を仰ぐ。
晴れ渡った青空。
薄紅色の雨。
春の香りは別れを孕んでいた。
「お前はどうすんだ?」
「僕?」
少しだけ考えるようなしぐさ。
本当は何も考えていないのではないかと思った。
ただ思わせるだけ。
仕草だけが考えていて。
本当の答えはすでに決まっているのではないかと。
「僕はねえ。高校で決めるよ、今は保留なの」
にっこり微笑んだ顔だけが答えを吐いた。
「そう。それも一つの道だと思うわ」
肯定され、やや驚く顔。
だがすぐにそれはいつもの笑顔に隠されてしまう。
「んん。
だよね〜てか、ルイとゲンのクラスで打ち上げじゃない?」
指差した方向。
クラスメイトたちが手を振っていた。
「行くか」
「そうね」
「いてらさいな〜」
簡単な言葉を交わして互いに背を向ける。
「またな!」
ただ一言。
つながっていると。
道が別たれても。
ぼくたち、わたしたちはずっと。
この世界で繋がっているのだと。
「またねぇ」
桜吹雪の中で彼女は微笑んだ。
二人の背中が小さくなり、やがて消えるまで手を振って。
薄紅色の雨を頬に受けたまま空を仰ぐ。
酷く澄み渡った綺麗過ぎる空を。
「……さてと……僕は、どうしようかな?」
青を見据える眼差しは一瞬だけ絶望を宿す。
血よりも赤いその瞳は刹那の輝きを漆黒に呑まれ。
すぐさま姿を消した。
「……こうして」
鞄から取り出すのは本。
いつもいつも読んでいた勇者と魔王の物語。
「こうして、勇者らは平穏な世界を手に入れた」
こうして勇者らは平穏な世界へと帰った。
「人々が様々な感情に揺れる中で唯一つ変わらないのは」
人々が様々な感情を抱く世の中で唯一つ変わらないのは。
「かつて魔王がヒトであったという事実」
かつて歪みは一人の人間であったこと。
「そして――友を打ち倒した勇者もまた」
そして――歪みの味を知った勇者もまた。
「いつかは魔王となりえる現実」
いつかは歪んでしまうという現実。
「ふふ……」
絶望の眼差し。
変わることなき赤。
「またね……二人とも」
次はどこで会おうか?
これが僕たちの物語。
いつ終わるのかは分からない物語。
この過去は未来へ続くんだよ。
未来でまた会おう。
真っ赤な未来で。
← →