女が三人集まれば姦しいという。
それは戦いに身を置く戦士達でも変わりはなかった。収録を終えた娘たちは、たわいもない話で盛り上がっている。
けっして狭くはない楽屋。わざわざ今日のためだけに造ったのだと、飲み物を取りに行っていたジョーカーが教えてくれた。
白で統一された清潔感のある楽屋には、なぜかお菓子も用意されていた。
それらをつまみながら娘たちの雑談は深まっていく。
「それにしても真面目な空気で疲れちゃうよねぇ」
白い仮面にクッキーを押し当てるジョーカー。どうやって食べているのかは分からないが、確かにクッキーは減っている。
その様子を眺め、煎餅に手を伸ばすも、すり抜けてしまったサクラは肉体のない自らを恨めしく思った。
「真面目な空気は嫌いじゃありませんけれど……」
「お菓子食べれないの切ない?」
笑ったままの仮面でジョーカーが近づく。サクラは青い顔のまま俯いた。
「残念だねぇ〜ま。いつか食べれるヨ」
「はい……」
この不思議な楽屋なおかげか、サクラの言葉は濁ることもなく流暢に、生前の状態で紡げていた。それならば肉体だってくれたっていいのに。
ハンカチを噛み締めたいサクラ。
その傍らではお茶を片手にくつろいでいるキノカゼがいた。
「こういう空気もたまには悪くない」
「お前、教師らしいからな。
こっちのが落ち着くんじゃねぇの?」
ジョーカーに差し出されたパイを口に含む。教師という存在をあまり好いていない夕莉は、キノカゼをやや冷めた目で見ていた。
「教師といっても昔の話だ。
最近まではただの旅人だったからな」
「ふーん」
興味なさげにしている夕莉。それを眺めながらキノカゼは苦笑した。どこも気難しい子供とはいるものだ。
微妙な空気から逃れるように、出口の近くにいたユウは菓子を狙おうにも、上手く近づけずに困っているケイオスの手を取った。
「ん?」
不思議そうに見上げる顔。
それを見下ろしてユウは笑った。
「はい。プレゼント」
手には小さな菓子の包み。
ケイオスの顔に笑みが浮かぶ。
「ありがとうー」
ニッと笑って菓子を頬張るケイオス。こういったところは普通の子供と変わらない。
口もとに笑みを浮かべ、ユウはドアノブを握った――刹那、背後から居場所を失った少女が声をかけた。
「僕も帰るよ」
「いいのかい?」
目だけで少女を見る。
「うん。僕はもう、七瀬夕莉じゃないからねぇ」
「そっか。じゃあ行こうか」
扉を開き、二人の姿が掻き消える。
その出来事に気付かない面面。ファンタジーな娘たちに溶け込めずにオドオドしているリゼットは、金色の髪を揺らしていた。微妙に体も揺れているが、当人は気付いていないのだろう。
ひたすらとなりに座っている門番に声をかけるタイミングをうかがい、それができないと悟っては溜息をつく。
門番にいたっては鏡に映る自分自身をずっと眺めていた。
ナルシストなのかと思いきや、ぽつりと呟く。
「私はこんな姿をしていたのか。
思い出したよ、そうだ私はこんな顔だ」
よくわからなかった。
正直なことを言うとわからなかった。
いつ終わるともしれぬ宴。
ふいにジョーカーが口を開いた。
「そういえばさぁ〜せっかく女の子ばっかりなんだから〜するハナシがあるよねぇ?」
首を傾げて笑うジョーカー。仮面の下の表情は見えずとも、声だけは楽しそうだとみなが思った。
「女同士でないと出来ない話ってなんだ?」
胸の前で腕を組む夕莉。
その隣でサクラが微笑んだ。
「きっと恋の話ですよ。女の子は大好きですから」
「そうか?」
否定的な夕莉。
しかしそんなことは気にしないといった風にジョーカーは、どこからか用意したマイクを夕莉へと向けた。
「で! ゆーりんのイィ人は最近ど〜う?」
ざわっ。と音をたてて周囲の目が夕莉を見る。
「おまっ」
急な注目に慣れていない夕莉は、顔が熱くなるのを感じながらジョーカーのマイクから逃れようと顔をそらす。
「知ってるんだよ〜?」
白い笑みの仮面が迫ってくる。
夕莉は一瞬、恐怖を顔に浮かべた後にすぐさまいつもと同じ不機嫌そうな顔に戻った。
こんなのに恐怖を感じるなんてばかばかしすぎる。
「ちげぇよ! あれはただの……とにかくただのちげぇよ!」
「答えになってないよ〜ゆーりん」
「だな。本当の所はどうなんだ? 先生に話してみろ」
なぜか便乗してきたキノカゼ。
「お前が僕の担任だったことは一度もねえよ!
つかお前はどうなんだよ。大人なんだから何かあるんだろうな!?」
人差し指でキノカゼをさし、夕莉は声を荒げた。すると周囲の視線はキノカゼへと向かった。助かった、と胸を撫で下ろすも、笑っているのか笑っていないのか、いまいちつかめないキノカゼの返答が少しだけ気になった。
「私か? そうだな……どうなんだろうな。私は」
考え込むように顎に手を当てる。
「キノカゼさんは綺麗ですから。きっとたくさんそういったお話が――」
「それは違うな」
リゼットの言葉を遮り、キノカゼは口を開いた。
「私はきれいなのではない。
男は少々危険なものに惹かれる。
妖もその危険なものだ。つまり、私は綺麗ではなく危険なのだ」
「違う気がする……」
呆然とサクラが口を開いた。
とてつもなく綺麗な人なのに、どうしてそういうことを言うのか。理解できないと数名が思った。
「……私と同じ時間を生きれる人間がいるのならば、私はそれに恋をするのかもしれないな」
そう呟くキノカゼが少しだけ寂しそうに見え、夕莉はよくわからない罪悪感に胸が押しつぶされるかと思った。
「じゃあキミはどうだい?」
重くなりかけた空気をぶち壊そうとジョーカーのマイクがサクラへと向かう。
「ジョシコーセーなんだから何かあるよねっ!」
「……わたし……は」
サクラの青白い顔。
そこに浮かび上がるのは憎悪の相。
「もう好きなのかも分からない。
ころされたし、うめられたし。地獄まで連れて行かれるところだったし……」
ぎりぎりと歯軋りの音が怖い。
流暢に紡げていた言葉が濁り始める。
「ソウヨ……絶対ニ放サナイワ……」
生きた少女と変わらない姿だったサクラ。正体は亡霊、しかし怖い。心霊体験を目の当たりにしたリゼットは息を呑んで、ケイオスにしがみついた。
「怖くない? ケイオスちゃん」
「見慣れてるからねぇ」
平然とした顔で答えられてしまった。
リゼットはつくづく自分は異質だと息を吐いた。
「や〜ん。みんなオモイねぇ。
じゃあケイオスは?」
マイクを向けられた褐色肌の少女は、まぶしいくらいの笑顔を浮かべた。
子供の笑顔は周囲のどんよりとした空気を荒い流し、清涼感溢れる空間を創り出した。
「いたよ! 兄さまと同じくらい好きな人っ」
「それはどんな奴だったんだ?」
キノカゼを向いてケイオスはさらに顔を笑みで染める。
「敵だったんだっ。
僕を殺そうとしたけどできなくて、僕に取り込まれたんだよ」
「楽しそうにする話じゃねえだろ!?」
常識が違うのか。世界が違うとそこまで違うのかと夕莉は声を張り上げた。
それでもケイオスは楽しそうに胸の前で手を合わせて喋っている。姿だけならば、クラスの好きな男の子の話をしていそうだというのに。
「僕とあの人は一つになったんだ。
けどねぇ。あの人の弟がさぁ……僕ごと爆発してね、僕もろとも死んじゃったよ」
どんなシチュエーションなのか。
幼女爆発。
誰が得するというのだろう。
四散した幼女ってどういうことだろう。
困惑する周囲。そんな空気は読まないのか門番が口を開いた。
「ケイオスはそれが本体じゃないよね。
ちゃんと説明しないとグロいよ」
「あ。そっか!」
言った瞬間、ケイオスの体がどろりと溶ける。服も何もかも関係なしに溶けたかと思いきや、それは人間としての輪郭を失った状態のまま、趣味の悪い置物のような形で固定された。
つるりとした黒い何か。
そこから聞こえてくるのは、間違いなくケイオスの声だった。
「これが爆発しちゃったんだよ。
びっくりしたよ。初めて死んだんだもん」
「死ぬって一回こっきりだよね?」
恐る恐るリゼットが口を開いた。
「あ。そっか、みんなそうだよね。
僕ね、二回だか三回くらい死んだからさぁ」
あっけらかんとした口調。
マイクを持っていたジョーカーもさすがにコメントに困ったのか、
「あと残機はいくつだい?」
ゲームみたいなことを言い出していた。
「つか、言いだしっぺのお前はどうなんだよ」
夕莉の話題ふりにジョーカーがふわりと浮かび上がる。
「ゆーりんって割とお話好きだよねぇ」
「別にどうでもいいよ」
さらっと返され、ジョーカーは肩をすくめた。
「そうだねぇ。攻略中なんだよねぇ。
もう少しというか生前の記憶が邪魔というか。
とりあえず地獄に来たら見れるヨ」
片道切符で人様の恋愛事情を見に来いとは、ジョーカーもまた無茶を言う。世界観の違いとか恐ろしいと改めて痛感した。
「門番は?」
「思い出せないからね」
忘れるものなのか。
口に出すのも面倒になったか、夕莉は菓子を摘みながら口の中で何かを呟いた。
「個人的にはリゼットの話が聞いてみたいな」
キノカゼの言葉。今の今まで影が薄かったリゼットの顔が明るく輝いた。どうやら得意分野だったらしい。
「あのね、私の大好きな人はね――」
数時間経ち、疲弊した顔でリゼットを除く娘達が楽屋から出てきた。得意分野がノロケとは恐ろしい。
いかな歴戦の戦士たちとて、その精神を蝕むような攻撃には耐えられなかった。
それは亡霊であるサクラも同じで、ダメージが大きすぎたのか消滅しかけている。
「……お、おつかれさまぁ〜」
ぷるぷると震える声でジョーカーが手を振る。
周囲は思い思いの方向へ歩きだし、振り返ることはなかった。
楽屋の中ではうっとりとした表情で喋り続けるリゼットが一人――
なんとも恐ろしい話でございます。
「うっ……うっ。いいなあっち楽しそう。
何で俺だけ男なん? 男だけ倉庫なん?
なんよなんよ。寂しくなんてないんよ。
これは汗なんよ。ここはちょっと熱いんよ。
寂しくなんてな……っくしょん!!!」
倉庫に一人。
彼は膝を抱えて泣いていた。