夢を見ていた。
 それはとてもしあわせな夢。
 白い世界で柔らかな香りに包まれる夢。
 触れた手が暖かくて。
 触れたぬくもりが優しくて。
 それが永遠であるように思えた。

 離した手は二度と帰ってこないと。
 あくまがささやく。

 夢がひび割れて悪夢を見せる。
 開いたままの本を破った。
 写真たてを壊して叫んだ。
 二つで一つ。
 二人で一人。
 部屋にあるすべてが一になる。
 永遠なんてドコにある?


 あくまは私の耳を支配した。
 いつまでも私にささやく。

 その手はなんのためにある?
 その声はなんのためにある?

 糾弾しなよ。
 復讐しなよ。
 
 いつの時代も裏切り者には死を。

 お前にはその権利があるんだ。



 私の二本の足。
 走り出した。
 靴も履かずに、握り締めて。
 息を切らせて向かうはあの家。
 今は違う女が住む家。
 そうよあれは女じゃないの。
 あれこそあくまよ。
 だいじょうぶ。
 愛は永遠。
 彼が言ったもの。
 私しんじてる。


 私の耳にささやくてんしさま。


 ラッパを鳴らしてくださった。




 チャイムの音。
 歪んだ視界。
 絶叫。



 泣き叫ぶあくまを見下ろした。
 両手を掲げて叫んだわ。

「祝福を」

 帰り道で私は失敗に気付いたの。
 二人は違う色の服を着ていたのに。
 今は同じ色の服を着ているなんて。
 私を妬かせようって魂胆なの?
 意地の悪い男。
 

「鐘の音が聞こえる……ふふ。
 まるで結婚式みたい」


 主のいない教会。
 十字の下で愛を誓う者もいない。
 鐘の音だけが虚しく鳴り響く。

 いつのまにかてんしさまいなくなっていた。

 私の手には林檎が一つ。
 血のように真っ赤な林檎を抱き締めて――



 衝撃と激痛。
 意識を失う寸前に浮かんだのはてんしさまのかお。
 邪悪でいとしいお顔。

「お前はこっち側だったな」

 ニタァと笑って私の足を掴んでいた。
 どこへ?


「…………あら。
 ねえあなた。私の足が動かないわ、どういうことかしら?」

 目を覚ました私の傍には男。
 怯えた顔で私を見ていた。
 見知らぬ男は泣き喚く。

「わざとじゃないんだ!!
 頼む。頼む! このことは内密に――」

 動かない足。
 まるで蛇みたい。
 できた話とわらう。
 てんしさまと林檎と蛇と……


 ようやくわかったわ。


「私は誰を誘惑したのかしら?
 それとも私が誘惑されたのかしら?」

 怯える男。
 その額に赤黒い銀が突き刺さる。
 赤い雨を浴びて私は本能に従った。


 すごく眠かった。
 とても眠かった。