部屋が広くなった。
 それは決してリフォームを施したとかではなくて。
 半年ほど一緒に暮らしてた恋人が、昨日でてった。
 それ自体はどうでもよかった。
 ただ、次の家賃は一人で払うのかーとか。
 そんなことを考えるのが少し億劫だっただけで。
 すっかり荷物の少なくなった部屋に違和感すら。
 そう。
 僕は殺風景なこの部屋に違和感すら感じなかった。
 もう随分と前に、僕は彼女に飽きていたのかもしれない。

 いてもいなくても変わらない。
 その程度の存在としてしか、見てなかったんだろうな。



 目覚ましが鳴らなかった。
 それどころかなかった。
 それもそうか。
 ラッシュの電車に乗り込んで、僕は一人納得した。
 もともと僕は目覚まし時計を持っていなくて。
 携帯で起きてた。
 それも、アラームじゃなくて電話で。
 電話をかけてくれる人はもういなくて。
 寝ぼけた僕に朝ご飯を作る人もいなくて。
 半年前と同じように一人で起きた。
 何も食べずに仕事へいく。
 電車の中で人ごみにもまれて。
 僕はならない携帯を握り締めた。


 あぁ。
 充電すらしてないよ。
 こんなのただの小さな機械だ。


 仕事用とは別の携帯。
 二人で使うためにと二人で買いに行った。
 今は電源も入らない。
 電池がない。
 充電器はどこへ置いたのかも分からない。
 鞄の奥底にしまい込んで、忘れる。
 違和感がしつこい。
 そりゃ、人一人いなくなれば違和感感じるか。
 仕方ないと呟いて僕は仕事を始める。


 昼食の時間。
 僕は無意識に鞄を広げた。
 がらんとした鞄。
 半年前に買い換えた。
 弁当箱が入るようにと。


 弁当を作ってくれる人なんてもういないのに。
 僕はどうしてこの鞄で来てしまったのだろう。
 重くて、大きくて、邪魔なのに。


 息を吐いて食堂へ行く。
 愛妻弁当広げる上司が笑っていた。
 僕の弁当の方が美味しそうだった。
 

 食堂の味付けを受け付けなかった。
 軽い胃のもたれ。うがいしてもとれない脂の味。
 こんなことなかったのに。
 昼食で気分を害すとは。
 ああもういいや。
 今日はもう仕事しない。
 帰る。


 それだけ行って帰ってきた。


 まさか本当に帰れるとは。
 おかえりのない部屋。
 酷く殺風景で広い部屋。
 僕を待つ食事はできてない。
 それどころか包丁の一本もない。

 それもそうか。
 僕は何も持ってなかった。
 全部、彼女が外から持ち込んだ。
 僕の部屋に彼女と一緒に。
 いなくなったから。
 ぜんぶ。
 なくなったんだ。

 もう使われないだろうコンロ。
 清潔に保たれてた風呂場も。
 掃除機をかけてくれた畳も。
 時間が経てばぜんぶ。
 なくなるのか。
 彼女の残したものは一つもないように。
 何も残らないのか。


「……肉じゃがが食べたいな」


 僕の言葉に笑って頷く彼女はもういない。
 買い物に行くと、一緒の行こうと手を伸ばす君がいない。

 半年。だった半年だったけど。

 いるのが当たり前になってた君。

「にくじゃが……」

 聞けないと分かった瞬間。
 声が聞きたくて仕方がなくなった。
 食べれないと知った瞬間。
 君のご飯が食べたくて仕方ない。
 触れられないと気付いて。
 うろ覚えの体温を探し始めた。

 殺風景な部屋。
 何も残さなかった彼女。
 僕のベッドは古い毛布だけ。
 縋るように顔を埋めた。
 欠片でもいい。
 残っていれば。
 情けないくらいに求めた。

 君に会いたい。

 たった半年。
 半年一緒にいただけで。
 君はもう僕の一部だったんだ。

 僕がこの手に感謝することがないように。
 僕は君への感謝を忘れていた。
 本当はこんなにも危うい関係だったのに。


 涙が出て。
 そのまま寝ようと思った。
 夢の中で会えるかもしれない。
 夢の中だけでも一緒にいられるかもしれない。




 毛布をはがれて、蛍光灯がまぶしい。
 その下で笑う君がいた。
 これは夢?





「早く起きて。朝ご飯できたよ」



 夢ならこのまま続けて。
 夢なら醒めないで。
 明るい部屋に君と君の私物が溢れていて。


 おはよう。
 僕の頬に触れた手は暖かかった。