俺は俺の目を塞いでくれない。
 真っ赤な腐臭。
 俺は目を開いたまま。
 俺の友達は俺。俺は俺を真っ白な部屋に入れる。
 俺が家をあけて三日と少し。
 友達の家にいるのも億劫になったもんで、ようやく帰宅しようと
重い腰を上げたらテレビで信じられない一言。
 無機質なアナウンサーの言葉じゃなくて俺の言葉で説明してみれば、
「おい、大変だよ。俺の父さんと母さんが高校生ころしたってさ」
 誰もいない友達の家が静かで良かった。
 誰かがいたら俺も色んな意味で大変だったろうによ。
 とりあえずとりあえず、家に戻ろう。
 同姓同名のそっくりさんかもしれない。
 まさか自分の両親がヒトゴロシなんてするわけないだろ。
 まさかそんな小説みたいな、漫画みたいな、ドラマみたいな、とに
もかくにも現実離れした現実があってたまるかなんかの間違いだ。
 とりあえず帰ろう。
 とにかく帰ろう。
 あーどうかこのニュース見てる人がいませんように。
 俺の帰り道が平和でありますように。


 どうにもこうにも俺の帰り道は波乱でいっぱい。
 世話になってたおばちゃん、おっちゃん、近所の姉さん兄さん、みん
なして冷たい目で俺見てやがる。見世物じゃないと睨んでもヒソヒソと
感じ悪い噂話。
 俺をなんだと思ってる、ただの男子校生。
 真っ赤な夕陽が血の海に見えて酷く腹立たしい。
 だからって真っ白なアスファルトな地面は真っ赤な血の海から漏れ
だした真っ白な膿みに見えて余計気味が悪い。
 頭が痛くなってきた。
 友達の白い部屋が懐かしい。
 趣味の悪い友達だけど俺は好きだったんだ。
 だから三日も四日も、できればずっといようとか思ってたのに。
 あんなニュースやるから俺は帰宅しないといけなくて。
 あぁ、違う違う。帰ろうと思ったらニュースしてたんだ。頭が混乱してき
た、他人の噂話が俺の頭をおかしくする。
 あることないこと、八割がたないこと。
 俺の周りでヒソヒソ話すのやめてくれよ。
 まだ真実って決まったことじゃない。
 もしかしたら他人の罪をかぶるあれ、あれだよあれ。
 そう。冤罪かもしれない。
 だから俺をそんな目でみるな。俺を見るな、囁くな。
 唇の動きで分かるんだ。
 お前たちは呟いてるんだろう?


「ホラ、ヒトゴロシノコドモガトオルワヨ」


 鞄から鍵を取り出してドアを開けた。
 誰もいない。
 真っ暗な家。
 靴は出てない玄関。
 とりあえず鍵を閉めて、チェーンをかけて居間に鞄を置いた。
 畳の上に座り込んで頭を抱える。さてどうしよう。
 俺の父さんは会社員。いつもの帰り時間まで後二時間。
 母さんは専業主婦。パートに出たいと言ってたけれど、この不景気で
どこも雇ってくれない、近所のフリーターの兄さんも困ってると言ってた。
 母さんの双子の妹も専業主婦。同い年のいとこは違う学校で元気に
してた。
 あぁ、ところで父さんと母さんは誰を殺したの。
 誰を殺したことになったの。
 説明をしてよ、テレビ。
 俺の父さんと母さんを映すなよテレビ。
 リモコンで電源を入れて、ニュースをやってそうなチャンネルを探す。そ
んなアニメなんてどうでもいいんだって、芸能人の会見もどうでもいいよ、
離婚でも浮気でも不倫でもなんでも勝手にしてろ。
 一番大事なのは真実なんだ。
 俺の父さんと母さんは何もしてない。
 それが真実でないと困るんだ。
「あぁ、ちょっと。やめてくれよ、なんだそれは」
 やっと見つけたニュース。
 どうしたものか被害者が見覚えがある。
 どうしたものか被害者は俺と同い年だ。
 息子と同い年の高校生をころした。
 実の息子への殺意が外へ出たものか。
 なんてことを言うんだ見知らぬおっさん。父さんと母さんが俺を殺したいっ
て? ふざけるなよ、そんなことあってたまるか。
 あぁ、でもそうだったらどうしよう。
 俺の外泊に文句言わない理由がいらないからだったら。
 出てったいらない子供が外にいたから思わず殺して捨ててしまったなんて。
 いやいや。そんな漫画じみたこと。
 あってたまるか、これは現実。これは現実なんだよ父さん母さん。
 だから自分たちの口で説明してよ。説明してくれよ、説明しろよ。
 どうして俺と同い年の高校生ころしたの。
 ほら名前が出てきた。
 被害者の名前は…………



 同じ苗字。

 同じ名前。

 同じ顔。


 でも俺じゃない。
 俺はここにいる。
 じゃあきっと。じゃあきっと。
 顔の良く似た、年が同じな、性別も一緒、名前もかぶった。
 何が不思議かって背格好も殆ど同じ。
 俺は父親に似た。あいつも父親に似た。
 なのに似てた。
 きっと母さんの遺伝子だと思ってた。だから二人とも似てるって。
 そうだよな、いとこ。
 なに死んでるんだよ。
 父さんと母さんにころされてどうした。
 俺のふりして悪事でもしたの?
 答えてみろよいとこ。
 テレビにしがみつきたくなる。
 どうしてこんなことになったのか。アナウンサーは専門家とかいうおっ
さんに話しかけて苦笑するばかり。何も知らないのに俺の父さんと母さ
んを語るな、何を知ってるんだ。
 俺と父さんと母さんは仲良しで、いとこも母さんの妹もみんな仲良しなんだ。
 みんな仲良しで、いつか五人で暮らしたいねなんて話してたくらいにな。
 いま暮らせば、って言ったら静かになってたのは、なんか事情があった
んだ。まだ暮らせない、って言ってたからな。
 だから、殺すはずがないんだ。
 いとこを、俺を。間違えて殺す可能性なんてないんだ。
 だって知らないだろ、専門家。
 俺といとこは誰が見ても同一人物ってくらいに似てるんだ。
 父さんと母さんが正解を言ったことがないくらいに。
 意識すれば同一人物になれるくらいに似てるんだ。
 でも二人だけ正解を知ってる。
 俺といとこだ。
 俺は俺といとこを間違えない、いとこは俺といとこを間違えない。
 だから父さんと母さんは従うんだよ。
 殺されそうなら言うだろ、いとこ。
 いとこは俺じゃないって。
 だから父さんと母さんはいとこをころしたんだ。
 俺と間違えたんじゃない。
 勝手なことを…………どうしていとこをころすんだ父さん、母さん。
 わけがわからない。
 白いテロップがテレビ画面を走った。


 おい、大変だいとこ。
 父さんが母さんころしたらしい。
 警察官が目を話したほんの一瞬に、父さんは母さんの首を閉めて殺
したらしい。あ、違う。へし折ったんだ。
 一瞬で死なせてやったみたいだよ。
 どうしたんだろうな。
 どうしてこんな漫画展開なんだ?
 なんかの病気じゃないか?


 テレビ画面が切り替わった。
 父さん。
 やつれた顔で笑ってる。
 父さん、父さん。
 なにがあったんだよ。
 俺が友達の家に行ってる間に。
 何があったんだよ。
 母さんはひとりしかいないのに。
 俺はいとこを代わりにすれば誤魔化せるかもしれないけど。
 母さんは一人……あぁ。
 母さんの妹はそっくりだよな。
 けど似てないよ。
 俺といとこは違いが分かるもん。
 女は代わりになるかもしれないけど、母さんはひとりだよ父さん。
 どうして殺したんだ。どうしてこんなことになったのか言ってみろよ。今
度はちゃんと全部聞くから、全部言えよ。もう隠し事はしないでよ。
 父さん。
 テレビの向こう。笑う父さんと目が合った。
 この前鏡を見たときに俺はこんな目をしていたな。
 笑ってるんだか泣いてるんだか分からない目。
 充血して隈だらけで、みっともない目。
 父さんは唾を飛ばしながら怒鳴った。
 そして分かったよ、これは俺に叫んでる。


「私は頭が悪くてね。
 妻が妻なのか、そうでないのか分からないんですよ。
 息子が息子なのかそうでないのかも。
 だから二人とも大切にしましたよ。大切な大切な家族なんですよ。
 けどどうしましょうね。世間では白い目ですよ。
 私の妻は妻一人なのに、息子は息子一人なのに二人ずついるんです。
 どうしたらいいのかと、同じ顔なのだから一人になればいいのにと思っ
てたんですけどね、どちらも大切だから死なせるのは忍びない。
 向こうで一人だと寂しいでしょう?
 だから決めたんですよ。
 みんなで一つの家族になろうって!
 妻に息子! 父さんは先に行ってるからなっ!!
 追いつけよッ!!!」



 真っ赤。
 絶叫は誰の物だったのか。
 すっかり冷え切った胸は耳にはいるチャイムの音を化け物の鳴き声
にした。
「だれ?」
「わたしよ」
「あぁ。おかえり、どこまで買い物行ってたの」
「いつものところよ。少し混んでてね」
「外さわがしいから仕方ないよな。父さん死んだよ」
「知ってる。テレビで見たもの」
「どうする?」
 答えを聞く前に歩いてドアを開けた。
 笑顔の母さん。
 右手には包丁。
 左手には婚姻届。
「やっとみんなで暮らせるのよ」
「みたいだね」
 やっぱりあいつら区別がつかない。
 母さんと母さんの妹は別人だっていうのに。
 父さんが殺したのは母さんの妹だよ。
 母さんはここで笑ってる。
 婚姻届は母さんの妹の分か。持ってくの忘れたから。
「準備はいいの?」
「うん。特に必要な物とかないし、そういうのは全部あいつが用意してく
れてるだろうし」
 死んだいとこのリュックにはたくさん物が入ってる。
 あいつは用意周到だから。意識しないとそこで違いが出る。
「そうね。殆ど同じ血なのにそこだけ違って……遅くならないうちに行き
ましょうか」
「うん。母さん」
 抵抗しない俺相手なら母さんも振りかぶらなくて済む。
 冷たい金属が俺の中に入って、そこに熱が集中して体の奥から冷えてく。
 俺の死に様はこんな感じ。
 まぁいいか。
 こんな感じで。