突っぱねた腕の弱さ

「後悔するよ。僕を拒絶したこと」
 ほんの気まぐれ。
 ちょっとした嫌がらせ。
 あんなにも強い眼差しで僕を睨むから。
 あんなにも強い心で僕を拒むから。
 君が焦がれる人を目の前で奪ってみたかった。
 優しい目をした委員長。地味な顔立ち、唯一の特徴はフレームのない
眼鏡。大人しくて気が弱い。気付いたら委員長になってたなんて間抜け
な人。
 そんな人より僕のが凄いのに。
 優れてるのに。
 勉強も運動も。
 惚れるなら僕にしなよ。僕の方がいいのに。
「どうしたんだい。こんな時間まで残ってるのは珍しいね」
 ほらやっぱり。
 穏やかな物腰しか持ってない地味な委員長。こんなのが好きなんて意
味が分からない。似合わないよ、君には。
 色素の薄い目と髪と、本当に同じ人種かと疑いたくなる白い肌。
 声なんてカナリアみたいに綺麗。
 勉強も運動も満足にできて、友達も多くて、憧れなんだよ僕の。
 僕には顔しかない。君みたいになんでも持ってないから。
 君が欲しいのに。
 強すぎる君の光を浴びたいのに。
 どうして君はこんなのがいいんだろう。
 日陰でこっそり咲いてる花のがいいのか。
 なんて悪趣味。
 そしてその花を手折る僕もきっと悪趣味。
「委員長の手伝いをしようかと思って」
 ニッコリ笑って日誌を奪う。少し遅れて反応した委員長はやっぱり何度
見ても地味な顔立ち。十人並みなんて言葉じゃ表しきれないくらいに。
「いいよ。俺の仕事だし」
 穏やかに笑って手を差し出す。
 男なら奪えばいいのに。紳士ぶってばかみたい。
「手伝うって。いつもいつも委員長一人で大変そうだしね」
「うーん……でもなあ」
「今日くらいは休憩したら? な」
 肩に腕を回して笑う。
 委員長の首筋は柑橘系の匂いがした。香水とは違う、もっと別の――
あぁ。分かった移り香だ。家族に柑橘系のポプリを使うやつがいるんだ
ろう。同じ場所にしまって置いたから移ったんだ。
 女みたいな匂い。
 よくみればやたらと細くて、やわくて、男じゃないみたい。
 運動の苦手なやせっぽち委員長。
 勉強だけは誰より一番で目が悪いのか悪くないのか、とりあえず眼鏡。
 誰にでも人あたりのいい男。
 君の好きな人。
 僕の大嫌いなヤツ。
「そこまで言うなら……頼んでも」
「代金的なものはもらうけどね」
 引き戸の外。
 佇む君の姿を知ってる。
 今日こそはって思ってるんだろう。
 声をかけて、一緒に帰ろうって。
 そうはさせないよ。
 絶対に、させないから。
「ちょ、ちょっと!?」
 僕の額を抑える委員長の手。ちょっとひんやりしてるのは体温が低い
のか、それとも突然の出来事に驚いて肝が冷えたのか。
 間近でみてもやっばり地味な顔を凝視する。
 思ってたより唇は荒れてない。むしろきれい。
 息はミント系、よく見るとガム噛んでる。委員長なのに、いけないんだ。
「い、いきなりなんだよ」
「日誌書いてあげるから。キスさせて」
「なんで!?」
「代金的なもの」
 大慌てで僕を引き剥がそうとしてる。
 外の君はこの姿を見てどう思う?
「ほら。動くとぶつかるでしょ」
 両側の頬を挟みこんで顔を近づける。
 触れた唇の感触は今までに付き合った女の子たちよりちょっとだけ硬
い気がした。きっと、歯を食いしばってるんだ。
 僕を拒絶したいの?
 いいよ。拒絶させてあげる。
 首を傾げてキスの角度を深くする。
 唇を舐めて、暑いからって少しだけ前を開けた学ランの中へと手を差
し入れた。ビクビクと震える体が面白い。
 女じゃないから胸なんてないけど、ついてる飾りは同じだろう?
 いじって、つまんで、ころがして。
 ぷちぷちボタンを外して素肌を外気に晒してやれば、やっぱり委員長
も男。
「気持ちいいんだ?」
 窮屈そうになってるズボンに手を被せる。
「な、んで……こんなこと」
 真っ赤な顔。
 あーあ口開けちゃった。
「楽しいから。委員長の反応が」
 外にいる君の反応が。
「やめ、んっ」
 開いた唇の間から舌を差し込む。
 口の中はミント味。逃げる舌を絡めて、歯列をなぞって、唇の輪郭を
なぞって。
 手はもうズボンの中。はしたないくらいに濡れた委員長のアレだとか
ソレを利き手で握りこむ。
 大きく跳ねる。
 机がガタガタ揺れて、外にいる君の顔を見たくなった。
 どうする? 君の好きな委員長がこんなに乱れてるよ。
 ねえ。どうする?
「頼む。やめてくれ……嫌がらせなら、別のことに。こんなことっ……!」
「気持ち良ければいいじゃん。
 大丈夫だよ。僕さ、同じ性別だから好きなところきっと分かるよ。
 ほら、こことか?」
「っ、あ、あぁっ!」
 跳ねる体が面白い。
 痙攣してるみたいで。
「かーわーいい。委員長」
 額にキスして、左手でベルトを外してやる。
 この後どうしよう。
 イカせて、それでおしまいってのもつまんない。
 もっと、もっと衝撃的なことしないと。
 君が泣いちゃうくらいに。
「やめろ……って」
 両手で顔を隠して泣いてる委員長。
 それでも気持ちいいんだね。腰が動いてる。
 気持ちいいでしょ僕の手は。
 君だってこんな風に気持ちよくなれるんだよ。僕の方がいいんだよ。
 僕の方が。僕の方がっ!!
「言ってるだろ!」
 乾いた音。
 痛くなんて全然なくて、何が起きたのか分からないくらいだった。
「嫌がらせとか、からかいとか……そういうことでこんなことするなっ」
「委員長?」
 涙をぼろぼろ零して、眼鏡を外した。
 耳まで真っ赤な顔。地味な顔、でも今は少しだけ可愛げがある。
「俺が嫌いならそう言えばいいだろ。こんなことされなくたって、俺はお
前に関わろうなんて思ってなかったのに。なんで、こんな……」
 泣く。
 泣く。
 女の子みたいな泣き方だ。
 しかも別れ間際の女の子。
「最低だっ」
「委員長」
 だから。
 思わず手を伸ばしてみた。縋りついたら犯す、拒絶したら……どうし
よう?
 君ならどうする?
「触るな、触らないでくれ……」
 手が押し戻される。
 拒絶されたかと思えばそうじゃない。緩やかな拒絶は密かに縋りた
い何かを孕んでいる。指が僕の指を離さない。
 手が熱い。
 別人のよう。
「卒業しちまえば忘れられるのに。
 全部……なかったみたいに大人になれるのに。なんで、こんな……」
 泣きじゃくる。
 手を離してくれない。
 弱々しい拒絶。
 僕を突っぱねようとした手は弱々しく僕を引き寄せる。
 抱きしめたいのか拒絶したいのか。
 僕には委員長が分からない。
 君には分かる?
「嫌がらせで触られても、いやがらせでも……嬉しいって思っちまう俺
が許せない……お前に触られて嬉しい、お前とこんな風にできて嬉し
いなんて」
「なにそれ、委員長?」
「……きなんだよ。俺、はお前の……ことが」
 勢いだけのキス。
 歯がぶつかった。痛い。
 そのまま机に押し倒された。
 見上げた先の委員長はぼろぼろ涙零してる。冷たい、生ぬるい、熱い。
 僕は君のことが好きなのに。
 委員長は違う人のことが好きみたいだよ。
 二人揃って失恋で楽しいね。
「好きだ……――」
 名前を呼ばれた。
 抱きしめられた。
 学ランのボタンがぷちぷち外れる。
 どうしよう。
 頭ぐちゃぐちゃだ。でも気持ちいい。
「気持ちいいから、別にいいかも。
 もっと気持ちいいなら……いいかもね」
 背中に腕を回して、受け入れてみた。
 圧迫感、苦痛、快楽。ぜんぶぜんぶいいじゃないか。
 君には手に入らないものだよ。
 僕を拒絶した君には。



 走り去る君の足音が、机が揺れる音にかき消された。