真っ白な花弁が六枚。
 花言葉は、私はあまりにも幸せです。

 花屋で買った花ではないけれど。
 あなたにそっと、届けましょう。

 大切な、大切なあなたに届けましょう。


 静かな窓辺、夜明けを待つラジオ。
 聞くのは興味もないトークのみ。
 眠気を覚まそうと懸命なあなた。
 机に向かって、白い問題集に答えを書き入れて。
 頑張るその姿をずっと応援しているの。

 会えなくても。

 この寒い冬の先に二人で出かけられる日々を想うのよ。
 二人で一緒に外へ行く日々のこと。

 だからこの花を置いて、あなたを応援。

 大切なあなたの誕生花。
 ずっと愛してるのよ、ずっとずっと、アイシテルの。

 どうか受け取って。
 どうか気付いて。

 頑張ってね、応援してる。
 愛してる。
 こんなにもあなたを思える私は――

「私はあまりにも幸せです」



「……ん?」
 静かな室内にラジオのトークが流れる。
 眠気覚ましにとつけてみたものの、あまりにも内容がくだらないために消そうと迷っていたとろの物音。何事かと目を向けてみれば、窓の外に白い花が添えてある。
 見覚えのある姿に思わず窓へと近寄れば、
「――サチ?」
 ふわりと彼女の香りが鼻先を擽った。
 年上の、恋人が好んでつけていた香水の香りが。
「……まさか、な」
 窓辺の白い花を拾い上げて笑う。
 受験だからと会わなくなって一ヵ月。
 会わなくても平気だと彼女は言ったのだ。メールするからと言ったのだ。
 先週から親兄弟、友達以外からのメールを受け付けていない携帯の傍へと花を落として、造花のストラップを見遣る。同じ花を模したこのストラップは彼女からの贈り物。
「女の人ってこういうの好きだよな」
 花言葉とか、誕生花とか。
 男の彼にはあまり理解できなかった。
 けれど、嫌ではないことは確かだった。むしろ嬉しいくらいだと。
 大切に想われ、大切に愛され。
 白い花をたくさん貰った。
 誕生日のたびにもらった。
 溢れんばかりの笑顔と一緒に貰った。
「……ほんと、好きだよなぁ……こういうの」
 天井を仰いで。
 込み上げる熱い雫を飲み下そうと歯を食い縛る。
 けれど雫は零れ落ちて。
 ぽつり、ぽつりと白い花弁を伝って落ちる。
「俺のことばっかで……俺は……」
 何も言わない彼女。
 モノクロ写真の中で笑う彼女。
 やがては忘れるだろうと慰められても。
 今の悲しみだけは本当なんだと怒ることもできない。
 白い花が彼女を包んで。
 どうしたらいいのか分からない。
 白い問題集を黒く埋めたって。
 この寒い時期が終わって暖かくなったって。


 ――もう、白い花をくれる笑顔はない。


「もっと……一緒にいられると想ったのに……」




 白い花をあなたに贈りたいの。
 でも私はもうできないから。
 せめて白い花になりたいと願ったのよ。

 あなたの傍で咲いていたい。

 生きた花でなくていいの。

 永遠に、そこにあるだけでいいの。
 あなたが私を忘れるまで。

 白い花になりたいくらいあなたに夢中。

 愛してるのよ。

 大丈夫。



「……サチ?」

 震える携帯。
 メールの文字。
 破棄されたはずの携帯から送られたメール。
 震える手で開いた。

「……ありがとう……ありがと……う」

 震える手がストラップを抱き締める。
 白い、白い花のストラップ。
 そこにあなたはいないけれど。
 確かにそこにいる、覚えてる。

 花のような笑顔を。
 真っ白な想いを。

「サチ……ありがとう……」


 忘れるまででいいの。

 あとすこし。

 一緒にここに。


 それだけで……とてもうれしい。


 白い花。
 あなたの誕生花。
 花言葉もあなたの言葉に変えて。


 あいしてるのよ。
 あなたのこと、消えるまでずっと。