朝の寒い時間帯。
学校なんて行きたくねー! なんて頑なな心を溶かすのは、幼馴染の役目
だと俺は思うわけよ。ちょっと眼鏡で、ちょっと黒髪で、ちょっと委員長タイプ
の幼馴染で、できれば小柄がいいわけ。
黒のハイソや、できればニーソが似合うような子で、絶対領域ある感じの。
そんな子が朝から俺の名前呼んでくれたら最高すぎて、学校にだって住ん
じゃうね。
いや本気、マジ本気だから。
ん、本気と書いてマジと読めって? うるせーよ。
とにもかくにもさーホントに来ないかなあ……可愛い幼馴染。
「千種ー? お迎えきたわよー」
母さんの声に俺は飛び起きた。
まさか俺の願望が現実になったのではないかと。普段はなるべく信じない
ようにしてる神様に感謝しつつ、部屋のドアを軽く開けて外の様子を――見
ようとして、静かにドアを閉めた。
よく考えろよ俺。
寝ぼけていいのは起きる寸前五秒前くらいまでだ。
あとは現実に戻れ。そうでないとただの痛い奴だ。
今でさえかなり痛い奴なのにもっと痛くなってどうする。
それこそアイツの餌食になっちまうだろ。
そう、アイツ――
「千種! 早くしないと遅刻するぞ!」
眼鏡で、黒髪で、ちょっとってかだいぶ委員長タイプで、わりと背は高くて、
足元は常に黒靴下。絶対領域っていうか――いや、ある意味絶対領域持っ
てる。誰も近寄れねぇよ。
超クソ真面目な生徒会長。俺のツボをことごとく満たしてるクセに性別は男。
唯一の幼馴染だというのに男。
年々暑苦しく、さらには口煩くなってくる幼馴染。
人は彼をこう呼ぶ。
「Mister Properly……と」
「千種!!」
「おわっ!?」
物凄い音がしたかと思えば、俺の部屋のドアが半壊していた。馬鹿力め。
委員長は大人しくそろばんしてればいいのに、なぜかスポーツ万能で頭脳
明晰で、性格も悪くない。あえて言うならば煩い、それくらい。
女子にも何気なくモテてる。
なんか完璧。
腹立つくらい完璧!
「……まだ寝てたのか」
長い指が眼鏡を押し上げて、肉の薄い唇が不機嫌に歪む。
機嫌が悪くなるくらいなら毎朝毎朝、学校とは反対方向の俺の家にまで来
るなって話だ。こっちの機嫌まで悪くなる。
「うるせーな。俺はお前と違って低血圧なんだよ」
「ウソを言うな! お前の血圧は至って平均だったと思うが?」
「……馬鹿には見えない低血圧なんだよ」
「じゃあお前は見えていないな。至って健康体、さっさと着替えろ。学校へ行くぞ」
「テメェ……」
ぷるぷると拳を震わせても、それを振り上げるまでには至らない。どうせ避けら
れるか、受け止められるかのどちらか。ガキのころこそ体格的に勝ってた俺は、
なぜだか訪れない成長期のせいで中学校を卒業する頃にはアイツに身長を抜か
れ、さらには力でも勝てなくなってた。
昔は腕相撲でも負ける気がしなかったのに。
ブツブツと口の中で文句を言ってても何も始まらない。けど、言わずにはいられ
ないこの衝動。どうしてくれるか。
「千種……何度言えば分かる!」
「んだよ!」
バン! と大きな音がしたかと思えば、アイツは俺をまっすぐに睨みつけて全身
で怒りをあらわにしていた。
「ジャージ登校は赦さん! 校則違反だ!」
「ハァ? いいだろ、俺の勝手……つか、ウチの制服ダッセーんだよ!」
「真っ赤なジャージがイマドキか! それこそ美意識がおかしい証拠だろ。
いいか? 俺たち学生は、学生服を身に付けることが――」
始まった。
完璧大好き、礼儀正しい俺正義、規則を守るのが当然、正当であれば何言って
もよしなアイツ口上。俺の耳にとっては馬の耳になんまんだぶだっつの。
それでも飽きずに生徒手帳を取り出して校則を読み上げる姿は、おかしいったら
ありゃしねぇ。
せっかくの眼鏡美形もウザッたい説教眼鏡にしか見えない見えない。
こんなのがいいって言う女の気持ちが理解できねぇよ。
「いいか、そもそもお前はな」
「へぇへぇ! 説教するヒマがあるならとっとと学校行けっての! 校門でキッチリ完
璧を貫き通してこいよ。俺は静かになった頃に登校すっからなー」
「千種」
「んだよ? 俺は行かないからな! お前が消えるまで、学校になんて行かねっ」
「千種、お前はどうしてそこまできちんとしたがらない。制服だって高校に入学してか
ら袖を通してないだろう」
「はぁ……ジャージがすきなの、それでいい? じゃ、ばーいばい」
ひらひらと手を振って舌を出す。
時計の針は遅刻ギリギリの時間を差している――つまり、今日も俺の勝ち。俺は
元気にジャージ登校、アイツも元気に完璧委員長登校。今から走ればあいつは余
裕で間に合う、のんびりする俺はやばい遅刻。
いつもと同じ――だと思ってたわけだが。
「いい加減にしろ、いつまで子供みたいなこと言ってるつもりだ!」
なぜだかアイツはメッチャクチャ怒った顔でクローゼットを殴りつけた。反動で半
開きだった扉が完全に開いて、入学式からずっとしまいっぱなしだった制服が姿を
見せた。
ヒラヒラと、ヒラヒラと……腹が立つ。
「十七になるというのに、自分のことを俺、俺、と! 男にでもなったつもりか!」
完璧なアイツ。
完璧に、男なアイツがムカつく。
きっちりと、男で勝手に俺を弱く見るアイツがムカつく。
「うるせー! 俺が俺をなんて呼ぼうと勝手だろ!!」
「無理矢理声を低くしてか? お前は自分がどれだけみっともないか分かっている
のか?」
「……お前に関係ないだろ!?」
あぁ、ほんとに関係ないのに関わる幼馴染が腹立たしい。
酷いくらいに完璧なこの男が腹立たしい。
「関係ない? 幼馴染だろ、何年友達やってると」
「友達だからって俺のプライバシーまで侵入してくんなよ! プライベート侵害だ!!」
「ほら! 真面目に学校行かない間に変な言葉の覚え方までしてるじゃないか!
なんだその言葉は、おかしいって気づけ! 真っ赤なジャージも、お前の言葉遣いも!」
「だーかーらーうるせーって!!」
ガタガタガタガタガタガタ。
クローゼットの中で制服が揺れる。
完璧、きっちり委員長。
忘れたとは言わせない。
お前のあの一言。
入学式のあの一言。
「そもそもテメェのせいだろうがっ!」
「何の話だ!」
「お前が俺の制服見て笑ったんだろ!!
上品さを前に出すうちの制服を着ると、お前でも女らしく見えるなって! バカにし
やがって!」
「はぁ?!」
眼鏡が飛び上がるくらいに驚いたアイツの顔なんて初めて見た。
かしゃん、とかそんな感じの音をたてて転がる眼鏡。
制服がゆらゆら揺れてる。
困った顔した幼馴染。
酷く困った顔で、完璧な顔をなぜだか赤くした。
「……いや……まさか、そのことで……ジャージ登校を……?」
「繊細な俺のノーズはお前みたいな無神経委員長ヤローのせいでズタズタなんだよ」
「それじゃあ鼻だろ。お前の鼻はどれだけ繊細なつもりだ、好きな臭いがクサヤのくせに」
「いい匂いだろ。飯が進む」
「……そうじゃないだろう……まったく、お前は……」
困った顔した委員長、その場で座り込む。
「……仕方ないだろ。お前、うちの制服着ると別人みたいだったんだからな……」
真っ赤な顔した委員長。
わけわからん……なに赤くなってんだか。
完璧な男がなんだか赤くなってる姿は面白いけど。
――正直、展開についていけない。
なんだこいつ。
キメェ。
きっちりキメェ。
Mister Properlyはわけわかんねぇレベルでキメェ。
完璧にキメェ。
さっさと学校に行けばいいのに。
みしたーぷろぺりーめ
※これは「ものかき同盟」様で行なわれた30分小説です。
お題は「Mister Properly」ですよ。
誤字脱字もそのままです。そういう約束なのですよ、自分のクセを知るという。