「――つまりは、こういうこと」
とてもいい匂いがする。
もしもそれが本当はとんでもない悪臭だったとしても彼女はそれを想像できぬ
ほどの芳しい芳香と叫ぶだろう。
広いスペースに置かれた大きななテーブルが一つ。
上にはいくつかの料理と、紙の束。何ゆえのこのような組み合わせなのかは
当人たちが一番よく理解している違いない。
「ご飯食べながら読めばいいと思いますよ」
椅子に腰掛けた一人が告げる。その姿は誰もが目にしているというのに、その
声の主を誰かは理解しているというのに、そこから先は何一つとして分からない。
それは本当に女なのか、それは本当に男なのか。
ましてや、本当に人間であるのかすらも。
「いいんじゃないですか?」
別の方向から同じような声があがる。それは確かに声であることに間違いはな
いのであろうが、その言葉の一つ一つに込められた感情は誰にも理解できず、
言葉の運びや抑揚、またはその場の雰囲気で判断するしかない。
美味そうな湯気と匂い。
実際のところ、それが本当にあるのかは分からない。
ただ、そう思い込んでいるだけかもしれない。これはお茶会であると。
片隅で各々の趣味の話を繰り広げる声が聞こえる。その内容は、それを知らぬ
ものには謎以外のなんでもないが、それを知るものには極上の蜜となって頭の
奥を痺れさせる。
「萌え!」
誰が何に向かって叫んだのかは分からない。
分かるのは、誰かが何かに対して強烈な感情を抱いたということ。その咆哮に
静かにしていた一人が立ち上がった――否、立ち上がったような気がした。
「違います、それは萌えではなく燃えです」
ニュアンスやらイントネーションやら。
口に出した言葉では分からないような差を口にすると、周囲の空気が少しだけ
変わる。どうやら全員が萌えと燃えの違いについて思うところがあったらしい。
和やかなお茶会の場、メインの料理は桃のケーキ。シェフはヒゲの配管大好き
ブラザーズ。
真っ白なテーブルクロスの上に誰かが何かを叩き付ける。それが何であったの
か、また誰が何を投げつけたのかも分からない。
だが、次の瞬間に一人の姿が掻き消えた。
沈黙がお茶会の場を包み込む。
「すいません、落ちちゃいました」
てへへ、とでも笑うように再び姿を現すのは一人。それの存在に気がついた面々
と口々に言葉を紡ぎだしていく、同じ言葉が重なり、連なり、それを向けられた人物
は再び発言する。
「ただいまー」
何事もなかったかのようにお茶会は続けられる。
テーブルの上にはリスとビーズとリリアンと。散らばった紙と纏まった紙と、誰かが
ページを探していれば降り注ぐ欠けた一ページ。
「ぬぁぁぁぁ! なんでこんな所に……」
静寂という言葉の似合わないお茶会の場、響いたのは一人の絶叫。
それは酷く落ち込んだ様子で、
「決めのシーンで誤字と脱字……なにこの、お前が好きななんー!! どんだけナ
ン好きなのかと」
笑い声と慰めの声。
それらが入り混じる中、静かに作業を続ける一人の姿。
その姿を知るものは多々あれど、その姿を知らぬものも多々あれど、その存在を
知らぬものはここにはいないことだろう。
穏やかな笑みを浮かべ、時には不思議な仕草でみなを癒したり、驚かせたりする
その人。
その名前を言うとするならば――――
「創造主……!」
「スケール大きいですね」
「普通に管理人って言いましょうよ」
「創造主はないですよー」
その場のノリで発言した一人が地の底に沈んだかと思うと、すぐさま抜け出して自
分の好奇心を突付いた何かへと駆けて行く。それは他の面々も同じであり、各々が
思う方向へと歩き出していく姿を見ながらその人は、密かに用意していたメインデッ
シュの白い皿をすべての席へと並べ、
「そろそろどうですかー?」
集まりやすいように声をかける。
ぞろぞろと集まった面々。その顔が凍りつき、あるものは物珍しそうに眺め始める。
何が起きているのかと遅れてきた者が人垣の間から顔をのぞかせ――それはない、
と呟いた。
「管理人さーん……さすがに、これは……」
一人が恐る恐る口を開いた。
ことの異常さに気付いているのかいないのか、管理人はぽややんとした笑みを浮
かべたまま白い皿へと視線を落とし、
「牛肉のステーキと牛側のサイフを間違えたみたいです」
喰べるも食べないもあなた次第といわんばかりに、よりいっそう穏やかに微笑んだ。
「――つまりはこういうこと」
無茶振りも一つの才能だと。
何の才能?
「管理人はちょっとのんびりしてる方がいいってハナシ」
※これは「ものかき同盟」様で行なわれた30分小説です。
お題は「管理人」
誤字や脱字も当時のまま載せています。もともと誤字脱字が多い? ごめんなさい……orz