生まれなくていい命なんてあるはずがない。
 そう信じないと、自分の選択が誤りであったと思ってしまう。


 雪が降るその夜に命はこの世に誕生した。
 命という命を喰らって生きる肉体の中で芽生えた一つの生命。
 理解できない感情の中で育まれた無垢なる魂。
 ほの暗い森の中に構えた小さな小屋。
 そこで生まれた命は小さな手で指を握る。


「お前がどう思っているか知らないけどな」


 駆けつけたあの男は小さな命を見下ろして笑っていた。
 今までに見たことのないような笑み。
 命を奪うだけが生きる道である彼らにも許された安堵の微笑は、
閉ざされた未来への扉を開く鍵になるかもしれないと思った。
 聖なる夜に起きた奇跡と、思った。


「俺は幸せだ……」


 大きな手に抱き寄せられ、その体温を知る。
 血の臭いのしない肉体、死が遠い魂。
 ヒトの感じる幸福がこういうものだとするならば――
 化物の感じる幸福も同一なのかもしれない。
 冷え切った胸の奥に宿る灯火。
 小さな命を慈しむ感情。

 化物にも心はあると老いた旧友が言う。

 これが心だとするならば、もしかすると…………


「夜が明けたら――……どうした?」


 腕の中で体温を感じながら小さな命を抱き締める。


 可愛いこの子。
 愛しいこの子。

 どうか幸せに、どうか安らかに。


「私とお前では同じ時間を生きることはできない、そう言ったはずだ。
 それはこの子も同じ……あとは、分かるだろう?」


 古びた小屋。
 寒さを防ぎきれないこの小屋では、育てられない。
 凍えて死んでしまう。
 こんな血の臭いのする場所にはおいておけない。
 恐怖で死んでしまう。
 澄んだ眼差しがにごってしまう。

 同じ時間を生きられないのならば。
 離別の苦しみを味わうくらいならば。


 どうか幸せでいて。

 どうか安らかでいて。


「子のいない夫婦へ……」

「何を考えている。この子は俺たちの――」

「分かれ……私は、この子が化物の子と罵られるのを見たくない。
 この子が幸せになるのなら……それでいい。私の手元にいなくと
も、どこかで幸せならば」


 願いは一つだけ。
 あなたが幸せであること。

 聖なる夜を白く染め上げる闇。
 凍てつくような寒さの中で願い続けよう。

 どうか幸せでいて。
 どうか安らかでいて。


 二度とあえなくても、二度と聞こえなくても。


 あなたがどこかで生きている。
 それだけで満たされる、化物には過ぎた幸福。


「俺は……認めない」

「認めてくれ、私はヒトではないのだ」

「何か方法があるはずだ!」

「……あるのなら、兄もあのようなことにはならなかっただろうな」

「俺はお前の兄とは違う! 絶対に……見つけてみせる」

「好きにすればいい……だが、出発は明日にしろ」


 今だけは。
 今だけは、化物が手にすることのできない居場所の中で。
 家族の中で夜を過ごさせて。


 あなたが安らかでありますように。

 あなたが幸せでありますように。


 私はいつでも願っている。

 例え、二度と会えなくても。

 あなたが生まれたことは間違いではない。
 それだけを信じて。


 この腕の中に産まれてくれた奇跡を嬉しく思う。


 聖なる夜に誕生したお前に贈り物を。

 最初で最後の、贈り物を。


「お前の名前は――――」

 

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