痛んだのは一瞬。
 あとは虚脱感だけだった。
 また失敗した。
 また失敗した。

 やってしまった。

 とんでもないミスだこれは。

「どうして片腕がないのかな」

 頼むよそんな顔をしないでくれよ。
 そこにはないオレの腕を探さないでくれ。
 まだこっちがある。
 利き腕じゃないけど、不器用だけど。
 まだこっちがある。

「どうして片腕なのかな?」

 やめてくれ。
 そんな顔をしないでくれ。
 オレはまだ大丈夫。
 まだ、まだ、こっちがある。
 不器用な片腕がある。
 だから……

「片腕だと不便だよね、また後で来るから」

 背中を向けないでくれよ。
 何も不便じゃない、お前がいればそれでいいから。
 頼むよこっちを向いてくれよ。
 オレを見捨てないでくれよ。
 アンタに認めて欲しいから頑張ったんだ。
 アンタに認めて欲しいから、好きになって欲しいから。
 オレは頑張ったんだ。
 ミスはしたけれど、名誉の負傷なんだよ。
 頼むよ、こっちを向いてよ。

「ほんとにお前は手がかかる」

 そんなドアにもたれてないで。
 こっちにこっちへ。
 オレにもたれてくれよ。
 いつもみたいにこっちへ。
 見捨てないで、ください。

 短い溜め息、ドアノブが回る音。
 アンタが遠くなるその瞬間。
 途切れていた痛みがオレの腕を喰った。
 叫んでやるものかとシーツを噛んで、
 腹いせに花瓶を床に投げつけた。
 力の入らない利き手じゃない腕。
 無様な花瓶はゴロリと転がって床の上。
 まるでアイツの首みたいだ。

 大嫌いなアイツの首。
 オレ大好きなアンタが大好きで、オレの大嫌いなアイツの首。

「俺がどこへ逃げても追いかけてくるんだもんな……お前は」

 当然じゃないかオレの大好きなアンタ。
 アンタがいないと生きている意味がない。
 アンタと二人でいたい。
 アンタが欲しい。
 どうすればアンタは手に入る。
 もう、アンタにはオレ以外何もないのに。
 オレを見捨てたらアンタはひとりになるのに。

「どうしたら……俺はお前から逃げきれる?」

 にげきれっこない。
 アンタは逃げる気なんてないから。
 オレの傍にいたいって、どこかで思ってるから。
 そうだろ?
 そうだって言ってくれよ。
 アンタに捧げた利き手なんだ。
 アンタのための、アンタのためだけの。

「片腕でも、お前は俺を掴んで離さないつもりなんだな」

 歎いた顔するなよ。
 しないでくれよ。
 大好きなんだ、生まれたときから。
 アンタと二人で生まれたあのときから。

「手がかかる……ほんと、このまま死んでくれよ……」

 アンタの言うことは何でも聞いてあげる。
 大好きなアンタの言うことは全部。
 生まれる前から二人で同じ羊水で寝てたんだ。
 還る場所も同じだろ。
 オレとアンタはずっと一緒なんだよ。
 絶対に。

「ヘンなことばかり……ヘンな、ヘンな」

 大好きなアンタ。
 大好きな、好き、好き、好き、好き、好き。
 大好きな、アンタ。
 同じ顔をしたアンタが大好き。
 どこまでも一緒にいこうよな。
 どこまでも、どこまでも、いつまでも。

「…………しんでくれ…………」

 いいよ。
 アンタの望みなら。
 その代わり、アンタも一緒。


 オレの片腕になって一緒に逝こう。
 大好きな…………

 オレと同じ顔をしたアンタ。

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