大切なあのこを奪ったすべてを憎悪しながら生きていく。
 永遠に、そう――永遠に。


 ハロウィンの夜は魔女が出る。そのような噂を信じる幼子は最早、都市
伝説と化し、今宵も何かしらの異形のものへと仮装した子供たちが黄色い
声をあげながら街中を走り回っていた。
 この街のハロウィンは二日の間開かれる。
 一日目は子供たちをメインにした半ば収穫祭のような祭り。
 二日目は、この街に長い事伝わる魔女の伝説を倣った劇と、その際に
殺された魔女の魂を鎮めるための儀式を行う。
 しかしまともな鎮魂の儀式が行われていたのは今から十数年も前になる。
 何度も何度も繰り返されてきた魔女の物語は、今や若者向けに作り変え
られ、当時の人々が伝えようとしていたことが一つとして伝わらないと年寄
りが歎いていた。
 しかしそれでも、この風潮自体が風化し、消えないことをせめてもの救い
として、この街に生きる老人らはハロウィンの夜を震えて過ごす。
 彼らが口をそろえて告げるのはこの言葉のみ。


――魔女が来る、魔女が復讐しにやってくる――



 魔女の丘には朽ちない亡骸が魂を求めて彷徨っているそうだよ。
 そのような言葉を誰が告げたか、不吉だと騒ぐ老人はすでに酒場から姿を
消し、きっと恐らくは自宅のベッドでガタガタと震えていることだろう。
 外ではぼんやりとした灯りの元、子供たちがお菓子を貰って大喜びしている
というのに。
 時代錯誤なものの考えと蔑まれる一方で、この街の警備を担当している一
人の警官は、老人たちが怯えるお伽噺が、決してすべてがすべて作り話では
ないことも、いまだ終わらぬ物語であることを知っていた。
 この街で育ち、試験を受けるために一度だけ街を出たとしても、人生の大半
をこの場所で過ごし、幾度となく見てきたのだ。
「……またか」
 言葉を失うような惨劇を。
「市長、やはりハロウィンは中止にした方が――」
 新米と呼ぶには年期が入っているが、決してベテランではなく中堅でもない中
途半端な警官――ネメアは白い布に包まれた遺体を見下ろして呟いた。
 しかしその言葉に市長は冷たく一言を返すのみだった。
「ネメア、お前も時代錯誤な老人たちと同じことをいうのか」
「しかし」
「いいか? この街のウリはハロウィンにあるんだ。それを中止にしたらどうなる?
 こんな小さな街、瞬く間に廃墟だ。この時期に稼いでおかないとどうしようもないこ
とくらい知っているだろう」
 ムスっとしたその顔には幼少のころの面影はない。
 この街の市長となる際に、僅かでもいいから目立てるようにと顔を変えたとのこと
を風の噂に聞いた。この街に住む人間たちだけでは賄えないものを購入するため
の金が必要、税金を払うための金が必要、とにかく金が必要なのだと豪語する市長。
 ネメアは決して彼の言い分が間違っているとは思わない。現にこの街の財政はギ
リギリであり、年に一度のハロウィンがなければすでに他の街と合併し、消えていっ
てしまっただろう。
 この街を愛する気持ちは理解できる。
 だが――ネメアは歯を食い縛り、白い布の下で眠る少女の顔を思い出す。
 誰だか分からないほどに顔を潰され、骨という骨を砕かれた幼い少女の亡骸。ハ
ロウィンの晩に必ず起きる殺人事件。
 犯人は常に大人の男だということはここ数十年のデータで明らかになっている。
 前日までそんな素振りのなかった男たちか突然少女を襲うのだ。そしてハロウィン
が終わる頃には自らが少女を殺めたという記憶も失い、ただただ時間に置き去りに
されたかのように悩み、苦しみ、そして衰弱して死んでいく。
 すべての原因は明かされず、ハロウィンの怪とも、魔女の呪いとも呼ばれる、この
街の風物詩のようなものになってしまった。
 毎年、それを目当てに観光客が大勢訪れるが、不思議なことに観光客が被害に遭
うことは一切なかったのだ。小さな子供を連れてこようと、大人の男かせいようと、観
光客は五体満足のままハロウィンが終わると同時にこの街を出て行く。
 魔女の伝説を幼少時から聞いていたネメアは毎年浮かぶ一つの可能性を胸に抱
いたまま、今年も救うことのできなかった少女の命を想い、黙祷した。
「……そういえばネメア」
 ふいに市長が呟く。
 目線をそらしたままのところを見るに、会話しているようにとられたくないのだろう。
顔は変わってもクセはあまり変わっていない。
「昔、お前の何代か前のじいさんが魔女を殺したって話、してくれたよな?
 あれでちょっと思ったのだが……」
 もごもごと、口の中で何かを考えるような動きをする。
 目線を亡骸に向けたままのネメアは、人一倍魔女を憎んでいた祖父のことを思い
だした。特に何をされたというわけではないのに、きっと本人は一度も魔女と遭遇し
たことがないというのに、異常なまでに魔女を嫌っていた。
 お伽噺の悪役でしかないのに――子供心にそう思ったネメアは、祖父に告げたこ
とがある。
――おじいちゃんは魔女に呪われたことがあるの?――
 その言葉に祖父は瞠目し、そして喉が裂けるほどの大声を張り上げて告げた。
――わしら全員が呪われとる! この街そのものが呪われとるんじゃ!!――
 今思えば、あれは祖父が何かを知っていたということではないのだろうか。この街
の老人たちが魔女を恐れる理由を、意味を。
 たとえ聞き込みをしたとして、この街の老人たちは魔女のその名を呼ぶことすら恐
れ、有力な情報など一つも得ることはできなかったのだが。
「毎年毎年、子供が死ぬのが魔女の呪いだとしたら……なんでもっとたくさん殺さな
いんだろうな。それに、一番に狙われるのはお前だろうしな。魔女を殺した家系なん
だから。
 けど、一人も被害者も加害者も出てないんだよな。
 なんなんだろうな…………魔女の呪いって」
「……じいちゃんが言うには、魔女の呪いは魔女が死なないと発動しないってさ。
 死んだら絶対に発動するのが魔女の呪い。だから、じいちゃんたちはこの街が魔
女に呪われてるって思ってるんだろうな。
 この街で、この丘で魔女が殺されて、毎年子供が殺されるのもこの丘だ。
 もしかすると力の弱い魔女で、物凄い影響力のある呪いを遣えなかったのかもし
れないし、もしかすると魔女がまだ生きて――」
 時折り考える可能性。
 それを口にしている最中、耳をつんざくような悲鳴が轟いた。
「いやぁ!! ミリィ!!! あたしの……あたしのミリィ!!!!」
 ネメアを押し退け、白い布を抱き締める女性。身に纏うドレスからするにずいぶん
と裕福なのだろう。この街では珍しい、だが着飾った婦人の横顔は疲労でやつれ、
とても普段の暮らし振りを垣間見ることができなかった。
 ドレスだって所々細工部分が破れている。
 その理由を考え、ネメアは胸が締め付けられたような気がした。
「その子は――」
 キッ、と涙で潤んだ双眸がネメアを睨む。
 そこに浮かぶ憎悪はどこかで見たことあるような気がした。幼少の頃、どこかで――
「どうしてあたしのミリィが二度も辱められないといけないの!!
 せっかくお墓の下で眠っていたのに……やっと、見つかって……供養できたのに」
 二度も――?
 告げられた言葉に先ほどから引っかかっていた記憶の断片が顔を出す。それを
手繰り寄せ、目の前で歎く女性の顔を見据えれば、ネメアは三年ほど前に担当し
た事件の被害者家族の姿と、被害者の少女を思い出した。
 ミリィ=クルツォーネ。ハロウィンの晩に姿を消し、その三年後のハロウィンに亡
骸として発見された。魔女の丘に放置されていたその亡骸は、死後もまるで生きて
いたかのような跡が見受けられ、今はもう退職してしまった先輩を悩ませていた。
 あの時のミリィだというのか。
「けど、あの時確かに……」
「掘り起こされてたのよ! 柩から姿を消して、探してみればこれよ……誰が。
誰がこんな酷いことを!!!!」
 慟哭が丘に響き渡る。
 街の中央ではハロウィンの音楽と子供たちの歓声が響き渡っているというのに。
 すべてが始まった――そう言われるこの丘には、嘆きの慟哭だけが響き渡っ
ていた。


 奪ったんだから、奪われても文句言えないでしょう。
 わたしは永遠に生きる……そう、永遠に……私の名は呪い。
 終わらない呪い。怯えて生きていきなさい、わたしたちがそうだったように。
 怯えて死になさい。あのこのように……あのこを奪った、罰を。