夏の陽射しが入り込む窓辺。日よけにと設置された小さなドールハウス専用の
カーテンから覗く小さな二つの耳が風もないのに揺れた。
 ひくひくと小さなボタンの鼻が震え、つぶらな赤い瞳が瞬きを繰り返す。
 ぴょん、と小さく前へと跳ねると小さな兎のぬいぐるみは短い両腕で天を仰いだ。
「ん、んー……はぁっ」
 伸びをするような呼吸と動作、それと同時に小さなぬいぐるみの姿が変化する。
白い手足はすらりとした人の四肢へと姿を変え、ふくふくとした柔らかい毛に覆わ
れた顔は、一度見たらしばらく忘れられなさそうな美少女に。ふわふわとした巻き
毛は小動物が好きでなくても全力で触りたくなるような魅力をもっている。
 程よく肉付きのいい肢体を包むのは青をメインにしたエプロンドレス、ヒラヒラとし
た白いレースが風もないのに揺れ、懐かしい草原の香りを感じさせた。
「……えーと……」
 ぽやーっとした両目が物珍しそうに室内を見回す。
 その手には買い物用のバスケットが一つ。がま口サイフが一つ。
「あぁ」
 本来ならば耳のある位置から生えている、白くて長い耳がピンと張った。
「お買い物に行かなきゃ」
 まるで春の空を思わせる青いスカートから白いニーハイソックスを纏ったしなやか
な足が覗く。スリッパにレースの飾りをつけたような靴は不思議と足音がせず、ウサ
耳を生やした青いエプ面ドレスの姿の少女は、薄笑みを浮かべたまま扉を開けた。


「……? あれ、ここに置いといたと思ったんだけど」


 本を読んでいた部屋の主が不思議そうに首を傾げる。ドールハウス用のカーテンに
守られていた小さなぬいぐるみの姿が見えない。先ほど修理を済ませたばかりだとい
うのに。
 久しぶりの針仕事で疲れたのか大きなあくびを一つし、この部屋の主はむにゃむ
にゃと夢の世界へと旅立っていく、それは本人の意思ではなく耐え難い睡魔という悪
魔にそそのかされ、ぬいぐるみの行方にまで気が回らなかった。
 心地良い風が鼻先をくすぐった気がする。
 窓はずっと閉めてあったというのに――
 心地良さそうな寝顔に誰かが微笑んだ。





 おつかいメモにはこう書いてある。
 三丁目の角を曲がった先にある八百屋でスイカを買って、その後は空き地で雑草を
むしって、その後は胡桃を探しに行けと。
 まったく統一感のないアイテムを購入するべく歩いている少女は、困ったように足を
止めた。
 そもそもおつかい、なんて名前がついているがこれは半ば罰ゲームのようなものだ。
本当はこの時間帯は疲れて昼寝をしている大事な人を眺めていたい時間だし、針仕事
をしようかしないかで悩む大事な人の横顔を眺めながら、風で揺れるカーテンに視界
を遮られてしょんぼりするのが日課だというのに。
 ビーチフラッグという遊びで負けたことからこんなことになってしまった。
 おつかいは自分ではなくほかの――すばしっこいけれども詰めの甘い鼠がしていた
というのに。初めての敗北に少女は、とても悲しそうに息を吐いた。
「はぁ……明さん……」
 途端に元気のなくなる耳。
 しおれた耳に指先で触れると、真新しい綿の匂いがした。
 きっと、新しい綿を買ってきてくれたのだろう。時間の空いた時はいつでも直せるよう
に、大切な友人たちをいつでも直せるようにと。
「……うん、わたし……がんばります!」
 両手の拳を握り締め、少女は三丁目の角を曲がった――刹那。
「あ、君ってば兎? じゃあさこっちおいでよー、ほらほらほら」
 独特なイントネーションで喋る高い声と共に、虚空から腕が伸びてきた。
「え、えぇぇ? きゃあああああー」
 その腕に耳をつかまれ、何もない空間へと引きずり込まれる。正直なことを言うとかな
り怖い、自分もそういう減少を信じない人間からすれば恐ろしい存在なのだろうが、これ
は感動物のストーリーではなく、正真証明のホラーでしかない。
 だって何もない場所から紫と白のストライプ模様の細い腕が出てきて、しかもやたらと
骨ばった指は爪が長くて、その爪を立てながら首を掴むのだ。
 ウサ耳の少女でなくても捕食される! と泣き叫ぶことだろう。
 少女の赤い双眸が限界まで見開かれ、大粒の涙が宙に舞った。
「わ、わたしはーおいしくなんてぇー……」
 水の中を移動しているかのような感覚。喉を締め付ける指の感触、呼吸を大切と思う
ほど呼吸を必要としていないのに息がつまり、今にも窒息してしまいそうな現状への恐怖。
 死という概念はないに等しいが――脳裏を過ぎるのは大切な人と、その人と紡いだ思
い出の数々。
「うぅ、明さん……みんな……」
 個性的過ぎる友人たちの姿が浮かんでは消えていく。
 こんなところでわけの分からない終わり方をするなんて思っていなかった。ずっと昔に自
転車に踏まれたときはこんなに怖くなかった、むしろ耳が取れてしまったことに驚いて泣い
ている大切な人――明をどうやって慰めようか慌てたくらいで。
 躯が破損しても消えないと思っていたのだけれど。
 消えてしまうかもしれない、まだやり残したことがたくさんあるというのに。
 なによりも、なによりも――まだ、伝えていない言葉があるのに。
 少女の頭の中を駆け巡る言葉の羅列。それらを口に出すことも、思い描くこともできなく
なってきた頃、ふいに首を掴んでいた手から力が抜かれた。
「いらしゃーい」
 気の抜けた声。
 背後に聞こえる音は波の音だろう。数年前に一度だけ聞いたことがある。
「……え?」
 鼻先をくすぐる甘い香り。足元が少しべたついているのは気のせいではないだろう。
「目を開けなさいって」
 先ほどの骨ばった手が両頬を軽く摘む。
「い、いひゃいれふ……」
 摘む、というよりもつねるという表現が近い気がした。痛みに思わず目を開けると、少女
の視界にとんでもないものが飛び込んできた。
「……ここは、どこでしょう? えーと……ワイハ?」
「古くない? つか、古くない? 古いよね、古いよ」
「うん、古い古い。今のご時世、誰がそんな言葉使うの」

 ――凄くバカにされた。

 だって昔行った海で明が言っていたのだ。繰り返し繰り返し言っていたのだ。
 だから海がある場所はイコールで結んでワイハという地名だと思っていたというのに。違
うのだろうか、本当は別の名前があるのだろうか。
 これでは明がバカのようではないか。
 明のまねをしているのだから。違う、明はバカじゃない。
 誤解を解かなくては。明はバカじゃない、ちょっと家庭科が得意な健全な男の子なのだ。
 ベッドの下に隠してある本は水着の本が二冊とレースをあしらったインテリアの本が三冊と
手作りぬいぐるみの本が五冊なのだ。
 そのうちの半分がお母さんに見つかって大変な騒ぎになったのだ。
 お母さんの泣き声と明の叫び声は今でも色濃く覚えている。
 なんて言っていたか。
 少女は長いウサ耳を丸めて考え込む。
 あぁ、そうだ。
「誤解だー!! ……です」
「ねぇ、オルサ? この兎ヘンだよ。ちょっと無理じゃない?」
「無理だね。無理すぎ。ガヴォッタ、どうする? 女王に怒られる」
 二人で顔を見合わせでなにやらブツブツ言っている。
 どうやら、薄い生地でできたヒラヒラを身に纏っている小柄な少女がガヴォッタという名前で、
先ほどの骨ばった腕の持ち主がオルサというらしい。
 しかしよくよく見ると、二人とも人間というにはだいぶおかしい――否、何もない場所から手を
伸ばす時点で人間ではないのだろうが、同じような存在と思うには少々ホラーがかっている気
がする。
 なんせ、ガヴォッタ――恐らく金魚をモチーフにしているのだろうが、頭部のデザインが絶対
に出目金である。物凄く怖い、出目金の眼球を模したシニョンなんてかぶらないで欲しい。
 赤と黒が混ざり合ってなんて毒々しいことか。
 オルサは恐らく熊がモチーフなのだろう。骨ばった腕とは対照的に躯はとてもいかつい。何
かの獣の毛皮を肩にかけている様は――そう、明の見ていた本に載っていたマタギそのもの
だった。
 ワイルドなポニーテールからは後れ毛というにはダイナミックすぎる髪の毛が四方八方に飛
び出ている。
 個性的過ぎる二人。
 その二人と対峙してしまった少女は、恐る恐る口を開いた。もう、何がなんだか分からない。
「あ、あの……」
「なに?」
「なに、なに?」
 出目金の目が怖い。
 毛皮についた顔がこっちを見ている。見ないでください、お願いだから。
「わたし……レプロットと申します……」
 自己紹介してしまった。
 ざざーんと波の音だけが虚しく響き渡る。
「私はガヴォッタ。こっちはオルサ、ちなみにここはワイハじゃなくて、熱海ね」
「えぇっ!?」
「ガヴォッタ、ウソ吐かない、吐かない。つっても、ウチもロクな説明できないけどーそうだね、
女王様がいて、誰かを待ってて、猫がいて、兎がいる物語の中って感じ。
 夏の国でずーっと主人公を待ってる待ってるって話」
 オルサの説明はワケがわからない。
 首を傾げるレプロット。その様子を見ていたガヴォッタは呆れたように大きく広い海を指差した。
「わかんないならとりあえず海に入ってきなよ」
「沈むといいね。いいね」
「そ、そんなぁ……」
 とても酷いことをサラリという人たちだ。
 さすが外見が恐ろしいだけある。
 レプロットはしょんぼりと波打ち際へと足を進めた。さらさらと靴の中に入り込む砂がべたつ
いて気持ち悪い、鼻先をくすぐる甘い香りがしつこすぎて胸焼けを起こしそうだ。
「……え、いや。え? えーと……その、これって……」
 足元を濡らす冷たい海水――ここは海なのだ。ならば満ちているのは海水で間違いない、
間違いがあるはずがない。だがしかし、レプロットの頭には巨大な疑問が渦巻くことになった。
「海水って……こんなにしゅわしゅわしてました……?」
 足に触れるたびにしゅわしゅわいっているのが分かる。
 この感触は――知っている。夏場になると明が嬉々として飲むのだ、氷をたっぷりいれたグ
ラスに注いで、美味しそうに喉を鳴らして飲むのだ。
 そしてその後は鼻を抑えて悶絶して、それが落ち着くとまた一気呑みをして――また悶絶する。
 今年はまだ見ていない姿を思い出し、レプロットは思わず足元の海水をバスケットに詰めて
持って帰る方法を模索してしまった。あるはずもないのに――バスケットに詰める時点で駄々
漏れだ。
「あぁ。ここはソーダ海だから」
「ソーダ海にはピンクの杏仁イルカとゼリーイルカ、あとナタデコクラゲがいるよ。あと、マグロ
とカツオ、両方とも味は口に優しいカスタードクリーム味。生クリームはサケだけだからちょっ
と高価、高価。ウチとしてはサケの皮と卵が欲しいんだけど、あっちは味がバタークリームだ
からちょっと遠慮遠慮したいね」
 レプロットの耳に聞きなれない単語がいくつも飛び交った。
 まず、ソーダ海?
 言葉のとおりに取るのならば、ここの海に満ちているのは本当にソーダで、呑むとしゅわしゅ
わするのだろうか。そもそも、どこからソーダが沸くのだろう。
 次にピンクの杏仁イルカとゼリーイルカ、ナタデコクラゲは、なんとなく分かる気がする。ソー
ダにはよく合う、フルーツポンチといったところだろう。
 しかし、マグロとカツオとサケはそのまんま魚ではないか。生臭いソーダなんて嫌だ。
 むしろ名前は明らかにも魚で、話を聞く限り見た目も中身も魚なのに味が生クリームとカス
タードクリームっておかしい。
 イクラがバタークリームというのは間違いすぎている気がしてならない。
「あ、そういえばもうそろそろケーキクラゲが来る時間だ」
「あぁ、ケーキクラゲ、ケーキクラゲ」
 気になる言葉が交わされている。
 ケーキクラゲ。
 発音は、ケー・キクラゲ。クラゲではなくキクラゲなのだろうか。だとすればそれは――
「キクラゲは……海産物じゃありません……」
「キクラゲじゃないよ」
「ケーキクラゲ、ケーキクラゲ」
 二人の冷めた眼差しが少しだけ痛い。
 まるでレプロットが全面的に間違っているとでも言うような眼差しに、思わず長い耳がうなだ
れてしまった。
「ほら、そんなこと言ってる間にー」
「大漁大漁、ケーキクラゲっと」
 いつのまに仕掛けていたのだろう。
 なんか不思議な匂いのする投網を引っ張る二人――投網? 違う、これは。
「ワッフル……?」
 ソーダを吸い込みながらその中によく分からない生物を溜め込んでいるのは、決して投網で
はなかった。数年前に妙に流行ったベルギーワッフルそのものだった。
 そして、ワッフルの中でピチピチと……まふまふと跳ねているのは、
「え、ホールのケーキなんですか……?」
 推定で十五号サイズのホールケーキが跳ねている。
 なぜかデコレーションを崩さぬまま跳ねている。
 先ほどまでソーダの中にいたはずなのに濡れていない、先ほど作られたかのような形で跳ね
ている。
 跳ねて――
「大漁ー!!」
「やった、やった」
 両手を振り上げて喜ぶガヴォッタと左右の足で交互に跳ねているオルサ。
 その足元にはワッフルに入れられた大量のケーキクラゲ。もう、わけがわからない。
「あ、そういえばさーレゴブロック」
「レプロットです」
「いいからいいから話を聞かないのは失礼だよ」
 ――名前を間違えるのもとても失礼です。
 手の平をヒラヒラさせているガヴォッタがニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、
「ここは洋菓子のサマータイムビーチ。一番のウリは足元の砂浜、黄な粉砂だから」
「……え」
「ここの黄な粉は絶品、絶品」
「サマータイムビーチの名物だもんね」
 ニコニコと互いの顔を見合わせる二人。
 それとは別にレプロットは首を傾げ、ウサ耳がねじれるまで曲げる。
「……えーと」
 突っ込んでいいのだろうか。
 いいのだろうか。
 洋菓子のサマータイムビーチなのに。
 なのに。
「黄な粉ってわが――はうっ」
 見えない一撃にレプロットがその場に倒れこむ。黄な粉に埋もれているその体へと駆け寄ると、
二人は酷く冷静な顔で告げていった。
「かわいそうに……」
「あぁ、禁断の言葉を言うからアイツらに消されるのだ」
「ちょうどいいところに海がある、水葬としゃれ込もうか」
「きっと魚たちが彼女の命を糧としてくれるさ」
 レプロットの体がソーダの海へと沈む――
「なんてことするんですかー!!」
 沈むよりも前に兎キックがオルサとガヴォッタにそれぞれクリーンヒットした。痛みに悶絶する二人、
ウサギの脚力はとても強いので扱いに気を付けましょう。
「もうっ! いくらわたしでも怒りますよ、早く帰ってティーパーティー作戦会議しないといけないのに」
「ティー」
「パーティー?」
 顔中を黄な粉塗れにした二人があからさまに嫌そうな顔する。
 あまりの表情の変貌っぷりにレプロットはやや引いた。ちゃぷしゅわーと足元で音がする。ちょっと
だけ気持ちいい。
「わ、わたし……なにか」
「大変だ」
「大変、大変だ」
 ゆっくりと立ち上がった二人。その体がガクガクと震えていた。
 何を言ってしまったのだろう、思わぬ反応に不安なっているレプロットに背後に新たな気配が生ま
れた。細かい羽音が聞こえる、首筋に冷たい何かを突きつけられた。
「あらぁー新入りかしら? 嬉しいわねぇ、やっぱりパーティーはたくさんいた方が楽しいものねぇ」
 ――プーン、羽音。冷たい針の感触と、視界のスミに映る黄色と黒が印象的なドレス。
 首元を覆うフサフサのファーと、頭に乗っているクラウン。もう、これしか思いつかなかった。
「じ、女王蜂さんでしょうか……」
「正解! このサマータイムビーチの女王レジーナよ。ようこそいらっしゃい、さぁさぁティーパー
ティーを始めるからいらっしゃい、もうすぐミャオが帰ってくるから磯の香りが芳しいパーティーを
しましょ? 反対なんてしたら死刑よ、この針で一突きなんだから。
 ハチはハチでもスズメバチは怖いわよぉー」
 とてもマシンガントークの女王様である。
 言葉を失っているレプロットは助けを求めるかのようにガヴォッタとオルサを見遣った。だが、
二人は互いに顔を見合わせただけで何かを諦めたような表情を浮かべている。
 きっと諦めているのはレプロットの身の安全だ。
「女王はティーパーティーって言葉聞くと、光の速さを越えて移動するから」
「地球なんてまばたきしてる間に三回は破壊できるできるよ」
「光の速さを越えることと地球破壊が繋がる理由が分かりません……っ」
「さぁーパーティーよ! カモンミャオ!」
 パチン、と何かを鳴らすと、ソーダの海の向こう。水平線に巨大な旗が上がった。
 大きく書かれているのは、
「大漁喜……たいりょうき?」
 ちょっと、字が違う気がする。気分的には間違っていないような気もするが。
「女王ーお腹痛いんで休んでいいですか、休むよ。休みますから」
「今から夏眠なのでおやすみなさい、おやすみなさい」
「二人ともっ!」
 レジーナの持っている巨大な針から細かい針が打ち出される。それらすべて叩き落した二人
の視線と女王らしい高貴な視線が交わされた。
 一瞬、息を呑むほどの緊張が走る。
「……そんなに、ティーパーティーがいや?」
 低く抑えた声でレジーナが問う。
 否定すれば命を奪われそうな勢いだ。
 しかし二人は死を恐れるどころか、
「磯臭いのでいや」
「最近は女王も磯臭い、臭い」
 少しは相手の気持ちも考えた方がいい。それくらいの勢いでその言葉を言い放った。
「……ふふ」
 二人の言葉に傷付いたのかレジーナは俯いたまま低い笑い声を漏らしていた。
 その間にガヴォッタとオルサの姿は水平線の向こうへと消える。よくよく考えるとここは砂浜と
海しかない、せめて植物を作ろうとは考えなかったのだろうか。
 これでは色んな意味で間違っている気がする。
 海と砂浜しかないビーチ。せめて、せめてヤシの木を。
「……そうよね。わたくしは唯一の虫モチーフの存在……人気のある動物モチーフからすれば
忌み嫌われて当然よね。けどわたくしは諦めないわ! いつかあのお方がここを訪れるまで、
終わることのないティーパーティーを繰り返すの!
 だって、わたくしたちには時間なんてものは関係ないのだもの! いつでもいつも自由にできるわ!
 たとえ地球が滅びたって!!! わたくし、負けない!!!」
 レプロットは思いました。
 ずれてる、圧倒的な力でずれている。
 もう修正もきかないのではないかと思うほどに。
 言葉とその他諸々を失いながらレジーナを見ているレプロットの耳に心地良いアルトボイスが
響いた。
「こんにちは、俺がミャオ。
 唯一の男だから特徴がなくてもわりと目立つんだよね」
 黒い髪と、黒い猫耳。彼女の知っている猫と比べるとスラリとした印象をもたせる――そう、大
人の男猫は、黒曜石のような眼差しでレプロットを見つめると、そのしなやかな手に口付けなが
ら囁くような声で告げた。
「俺たちは長い間、ただ一人の到着を待っているんだ。
 あの人を迎えに行った兎は慌て屋だからね、きっと今ごろどこかで困ってる。うっかりハチベ
スってやつだね」
「ハチベス……?」
「女王も一生懸命なんだよ。
 俺や女王を生み出してくれた小さなストーリーテラーを歓迎したくてしたくてたまらないんだ。
だからさ、嫌わないでやってくれる?」
「……あ、あの」
「ん?」
 柔らかい微笑。
 これが本当に猫モチーフの存在だろうか。なんだか属性が真逆すぎてわけがわからない。
 困惑しているレプロットは頭の中に響く言葉を一気に吐き出した。
「ちょっと、ミャオさん磯臭い」
「男の勲章だよ」
 ――あまり変わらないのかもしれない。
 少しだけ頭をもたげたレプロットの乙女ゲージが一気にゼロになるのを感じると、彼女はど
こか遠くを見つめるような眼差しで、
「どの方を待ってるいるんですか?」
 投げやりに問うた。
 ミャオの全身から湧き出る磯臭さに鼻が曲がりそうだ。
「……ハートの女王とチェシャ猫が待ってるならただ一人だけだよ」
「あ――」
 ミャオが笑う。
 落ち込んでいたレジーナもまた、黄な粉を海へと投げつけながら叫び声をあげていた。
「アリスー!!! わたくしはいつまでもお待ちしてますわ! ですから早く来て下さーい!
 パーティーの準備は、いつだって万全ですものー!!!」
 ハチャメチャな女王の姿を見守っていたミャオが口を開く。
「俺たちはずっとアリスを待ってるんだ。
 三丁目の角を越えて、サマータイムビーチで一緒に遊んでくれるアリスをね。
 たぶん、オルサがレプロットをこっちにつれてきた理由は……似てると思ったんじゃないかな。
 レプロットも待ってるんだろ? ――――を」




 砂が引く音が聞こえた。
 気付けばバスケットにたくさんのお菓子を入れたまま明の部屋にいる。
「……ミャオさん……」
 低い声で囁くように彼は告げた。
――待ってるんだろ? 大好きなぬいぐるみの国のアリスを――
 アリスを迎えるために彼らは動いている。少し、少しというレベルでは何しろ動いている。
 見習うべきではないだろうか。見守るだけではなく、溢れんばかりの感謝の気持ちを彼に伝
えるために。
「……決めました……わたし……!」
 磯臭い女王と磯臭い猫を見習って。
 大切なあの人が望んでいることを。
 春の匂いのするあの草原でメルヘンパーティーを。
 レプロットは長い耳をピンと張り、小さくガッツポーズを取った。
「明さん……うん、い、いそがなきゃ!」



「待って、もしかしてティーパーティーに……!!」


 遠くで呼び止める声がしたような気がした。
 けれどレプロットは止まらずに走る。彼を迎えるために。