ベルの音が聞こえる。

 商店街から聞こえるのはクリスマスソング。

 とても明るい明るい歌声と音楽。

 手を繋いだ先には、笑顔のお母さん。

 袋の中にはたくさんのお肉とお野菜。

 白い耳当てをつけた小さな子供は、とても無垢に、純粋に。

 満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 静かな室内。

 揺れるカーテンは新調したばかり。

 カーペットも、ソファも。

 全てが新しい。

 その中で遊んでいた幼児は、聞こえた足音に立ち上がる。

 

「おかあさん!」

 

 扉へと駆け寄れば、ゆっくりとノブが回されて。

 大好きな母が顔を出す。

 

「ソラ」

 

 優しい声で名前を呼んで。

 白い手で抱き上げる。

 いつもと違う母の匂いを気にするわけでもなく。

 ソラと呼ばれた子供は母へと頬擦りをする。

 

「おかあさん、きょうはクリスマスだよー」

「そうね。たくさんご馳走を作ってパパを待とうね」

 

 優しく頭を撫でて。

 ふっくらとした頬に軽くキスをしてくれる。

 優しい微笑にソラは満面の笑みを浮かべる。

 新しいカーペットの上で汽車が走っている。

 去年のクリスマスプレゼント。

 今年はなんだろうと胸を躍らせて。

 

「ソラ、少しだけお外で遊んでこない? 今日はエリちゃんもいるから」

「いいの? やったぁっ」

 

 母の腕からすり抜けて、玄関まで走る小さな足音。

 ふいに――

 その足が止まって。

 

「おばーちゃん、怒らない?」

 

 母が笑う。

 

「怒らないわよ。今日はママと二人でパパを待つの」

「ソラがかえってきたらさんにんだね!」

 

 両手をあげてはしゃぐソラの頭を撫でて。

 母は薄紅色のエプロンを取る。

 

「そうね。はい、気を付けて」

 

 白い耳あてをつけて。

 兎のマフラーをつけて。

 小さな手袋はめて。

 その手に汽車を持って。

 

「いってきまぁーす!」

 

 可愛い声が白い空の下で聞こえた。

 

 

 

 どこの家もきらきら、きらきらと。

 イルミネーションが輝いて。

 この家はツリーを飾ってる。

 この家はサンタを飾ってる。

 この家は――全部ある。

 きれいな街中を走って。

 普段よりも機嫌の良さそうな母の顔を思い出す。

 泣きそうな顔なんてしない。

 怒らない。

 大好きな母の顔。

 

「あ、ソラくんだー」

「エリちゃーん」

 

 タタッ、と走って近づく。

 ニコニコと無邪気な笑みを浮かべてる女の子。

 二人は互いの玩具を交換し合いながら大きな声で話す。

 今日のこと。

 夜のこと。

 サンタさんが来たらなんて言う?

 

「あら。ソラくん、今日は一人なの?」

 

 頭上から聞こえた声にソラは笑う。

 

「うん! きょうはおかあさんが、ごちそうつくってくれるのー」

「あら。いいわねー」

「ママー。エリもごちそー」

「エリちゃんはチキンあるでしょー」

「ごーちーそーうー」

 

 ゴネる娘を抱き上げて。

 友達のお母さんは複雑そうに笑う。

 

「でも、良かったわねぇ。最近心配だったのよ」

「そうよね」

 

 寄ってきたほかのお母さん。

 

「ご主人――でしょ?」

「かわ――よね」

「疲れ――しち……」

「ノイ――ゼとか……」

「マメな奥さんなのにね」

 

 大人が何を言っているなんて分からない子供たちは自分たちの社会で遊び始める。

 

「エリが怪獣ね!」

「ソラがかいじゅうー!」

 

 一つの汽車を廻って争いながらも、それは数分後には忘れられるような小さな争い。

 大人には無いもの。

 それを美徳とするか、未熟とするか。

 互いの間に確かにある壁。

 それを知らぬかのように、クリスマスソングが流れていく。

 サンタのペイントをしたトラックが走っていく。

 誰かが言った。

 

――メリークリスマス――

 

「クリスマス、おめでとう。ううん、愉快、楽しい、クリスマス……ふふ」

 

 寝ぼけ眼をこすって。

 テーブルを見る。

 たくさんの料理と楽しそうな母の声。

 

「ソラ、眠いの?」

「うん……ねむい」

「パパが帰ってくるまで寝てる?」

「うん……」

 

 ソファの上に寝転んで。

 寝息を立てるソラ。

 

 

 とても楽しい夢を見ていた。

 

 

「おかえりなさい」

「あぁ」

 そっけない返事にも母は笑顔で。

「今日はご馳走よ。クリスマスだから」

「そうか」

 興味なさそうな父の手を引っ張って。

「聖夜の晩餐、ってところなの」

「しつこいな! ……食べたらボクは部屋に戻るよ」

「食べてくれればそれでいいの」

 笑顔の母。

 とてもとても。

 幸せそうな母。

 イスに座った父が、箸を握る。

 大きな皿に乗った肉を一つ、摘んだ。

 口に入れるまでの仕草の一つ一つを。

 母は愛しそうに眺めてる。

 母は父に恋してる。

 ――母の母、祖母が言っていたのを覚えてる。

「……美味いな」

「でしょう?」

 母が心底嬉しそうに笑う。

「ところで、おふくろは――」

「いやだ、そこにいるじゃない」

 口元に手を当てて笑う母。

「は?」

「あなたの、大好きな、お義母さん、そこにいるじゃない」

 笑う母。

 笑う、笑って、笑い続ける母。

 父の手が震える。

 新品のカーテン、新品のカーペット。

 新しい、エプロン。

 

「まさか……」

 

 茶碗が割れる。

 その音に驚いたソラが泣き声をあげた。

 

「だめじゃない。ソラを泣かしたら――せっかくのクリスマスなのに」

 

クリスマスソングを掻き消すくらいに、

 

「おふくろは――!!!」

 

 泣き声が響き渡る。

 

「だから――――」

 

 母が笑う。

 泣き叫ぶ我が子を抱いて。

 

「良かったわね。あなたが大好きなお母さんと一つになれて。

 ――美味しかったでしょう?」

 

 一瞬の沈黙。

 それは永遠にも似て。

 

「実の母親の肉は」 

 

 父の絶叫。

 掻き消すほどの泣き声。

 二つが合わさって。

 

 ほんのりと、血の匂いがする母は笑っていて。

 

 真っ赤な唇で囁いた。

 

――メリー・クリスマス――

 

――愉快な、クリスマス――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄惨な夜の晩餐はいかが?」