おいおい、ちょっと聞いてくれよ。

 あぁ。お前お前! お前だっての! いいから聞けって。

 いいか? 俺は今な、凄く気になる子がいる。

 いや、恋じゃなくてな? 変な子なんだって!

 いいから聞け。聞かないとそのコーヒーひっくり返すぞ。

 

 

 それはとても陰鬱な少女にも思えた。

 ただ、すぐにそれは誤解であり、彼女はただの物静かな――

よく言えば大和撫子という部類の少女だったのだろう。肩口に届く

くらいの髪はまっすぐで、染めてパーマしてを繰り返している女子と

比べたら失礼になるのでは? とおもうほど綺麗な髪だった。

 その綺麗な髪が頬にあたり、彼女は無言でそれを耳にかける。

片手には文庫本が一冊。

 周囲がざわめいていても、彼女は無言で文庫本を読み続ける。

 友人がいないのかと思ってしばらく観察していたが、決してそういう

わけではないようだ。

 誰かが声をかけに行くが、本を読み終えたいという理由で断られている。

 変な娘だ――それが一番最初感想。何が面白いのか分かりやしない。

 ただ、その本を真剣に読んでいるときの眼差しと、横顔はとても綺麗に

見えた。かわいいのではない、綺麗なのだ。思わず見詰めていても彼女

は気付く素振りも見せずに、ページを指でめくっていく。

 読むのが早いようだ。

 何の本を読んでいるのだろう。

 

 

 まぁ、そん時は暗いヤツだと思ってたわけよ!

 確かに横顔は綺麗だけど、会話が成立しないなら意味がないだろ?

 なんだ、その顔は? え、生まれつき? 悪い悪い、怒るなって。

 ま、まだ続きがあるから聞けよ。

 

 

 体育祭が近づいたころ、少女が珍しく本を読んでいなかった。

 その手には釘が数本。しまうのか打ち付けるのかは知らないが、彼は

勇気を出して声をかけてみた。

「よ、よぉ。手伝おうか?」

 彼の言葉に彼女は何を考えているのか分からない顔で、

「別に。一人でもできる仕事だし」

 淡々と答えて、すぐさま看板へと顔を向けてしまった。視界に入るのは横

顔。釘を打つ位置を真剣に考えているその横顔は本を読んでいるときと同

じで、とても綺麗に思えた。

 彼はしばらくの間、その横顔に見入っていた。言葉を交わすよりも、こうし

て見ているほうがいい――そんなことを思いながら、彼は懸命に仕事をして

いる彼女を見ていた。

「サボってんなよ、幾島!」

 委員長に怒鳴られ、周囲が騒がしくなっても彼女の横顔は綺麗なまま崩れ

ずに看板を見ていた。

 その横顔を眺めながら、彼は頭が熱くなるような幻想に困惑した。

 

 

 恋じゃねーっつの! ま…まぁ、普通に会話くらいしたい……ような気がする

けど、それは友達としてだからな。邪推すんなバカ!! 

 え? バカっつった方が馬鹿?

 ガキかお前は!

 

 

 珍しいものを見た。

 それは彼女が誰かと話しているところ。

 とても楽しそうに笑顔で喋っている。口の前で手を合わせて何かを告げている。

その姿に思わず好奇心から近づいてしまった。彼女の目の前には男子が一人、

先輩だろうか? 校章の色が違う。

 メガネをした文系な先輩と話す彼女は本当に楽しそうで、その横顔は綺麗という

よりもカワイイ、ものに変わっていた。

「…………」

 少しだけ、胸が痛んだ。自分には絶対向けてくれないだろう笑みに酷く、胸が痛

んだ。

「それじゃ。そろそろ行くから……じゃあな、聖園」

「うん。またね」

 手を振って、別れる。振り返るころには笑みは消えていて。

 いつもの冷たい表情だった。カワイイが消えて綺麗になる。

「あ、あの……」

 恐る恐る声をかけると、目線だけで返してくる。

「珍しいよな、あんなに盛り上がるの。何の話してたんだ?」

 自分でも言い回しの悪さに腹が立つ。だが、彼女は気分を悪くするわけでもなく、

淡々とした声で答えた。

「兄さんに貸してた本の感想の話。すごく綺麗な話なのよ」

「そうなんだ?」

 先輩がお兄さんだった、ということに安堵したのか胸が軽くなる。なんで安堵した

のか分からないが。

「読んでみる?」

 軽く、首をかしげて問われる。

「お、おう」

 読む気もないのにうなずいてしまった。けれど、

「ほんと? ふふ、嬉しいな……私の好きな本を誰かが読んでくれるのって」

 満面の笑みで、喜ばれたら読むしかないじゃないか。

 本を受け取ったときに感じた、彼女の体温に胸が躍る。なんだこりゃ。

 

 

 まあ、やっと読み終わったんで…………

 返しに行こうと思うわけよ。んで……まぁ、ほら? また新しい本を……

 あ、おい!! 逃げるなって…こらぁっ!!! ……はぁ……

 

 

「本、読み終わったよ」

 綺麗な横顔に話し掛ける。正面を向いてしまえば別に良くも悪くもない顔。けれど、

あの横顔は綺麗だと思う。彼は本を手渡しながら、真っ先に思った感情を告げた。

「また、読みたいって思った」

「…………」

 その言葉に、彼女は表情を変えた。立ち上がって、手を掴まれる。

「ようこそ、本の世界へ」

 満面の笑み。

 繋がれた手は決して恋愛でもないし、友情でもない。ただ――

 これからは堂々と横顔を見ていられると思うと、なんだか嬉しくなった。

 

 あの横顔をしばらくは独占できると考えると、すごく嬉しかった。

 

 

 最後まで聞いていけっての……

 はぁ……やっぱり、綺麗だよな……

 まぁ、今日は本を読みながら一緒に昼飯でも……

 

「聖園、今日は一緒に食べないか?」

「兄さん? えぇ。あの本も凄くよかった――」

 

 え? あ、ちょ、ちょっとー?!

 

 立ち止まって、振り返る。

 

「幾島くんも行かない? 新しい本があるの」

 

「喜んで行かせていただきます!」