本日は晴天。

 雲ひとつない空には鳥がはばたく。

 平和を体現したような景色をカメラのレンズ越しに眺める。

 シャッター音と共に聞こえてくるのは子供たちの声とあの人の声。

 

 

「平和だなぁ……」

 

 

 ぼんやりと呟いた声。

 ――まさか、これが最期の言葉になるなんて思わないだろう?

 

 

「えーと、もう一度いってもらえます……?」

 僕の言葉に彼女は仕方なさそうに口を開いた。赤黒い唇は化粧

なのか、それとも食事の後なのか……少しだけ逃げ腰になるけど、

聞かないとどうしようもない。

「だから、あなたは死にました。

 これから裁判所にいって裁判を受けてきなさい」

 勘弁してくれ。

 あっさりと告げられて僕は思わず間抜けな声と顔をしていた。

「なんで僕が死んだんですか?」

「だから……」

 半ば呆れたような声音だった。しなやかで細い指が何かを押すよう

な仕草をしたかと思えば、ピッ、どこかで聞いたことある音と同時に女

の人の背後にあった大きなスクリーンに、さっきまで僕がいた公園が映

し出される。あの平和な光景はどこにいったのかたくさんの人ごみと何

台かのパトカーがあった。救急車に運び込まれているのは…………

「げぇ……っ」

 僕だった。

 ぐちゃぐちゃになってるけど、分かる。僕のことだし。

 センスの欠片もない勝利Tシャツと父さんのお下がりのカメラ。

 僕が、死んでる。

 その近くには壊れたバイクと、ヘルメットのまま倒れてる人。

 真っ赤だった。周りは真っ赤で大声で泣き叫ぶ子供もいる。

 僕も泣きたいよ。

「わかりましたか?」

 彼女の言葉で僕は意識を戻した。

 ヒトの死に鈍感な女とも考えたけれど、きっとこの人は慣れてい

るのだろうと思う。こういう仕事の人なんだろうと。

「あなたは公園に侵入してきたバイクにはねられて死亡しました。

 留まらずに裁判所に行ってください」

 淡々とした言葉。

 僕はどんな顔をしたらいいのか分からなかった。きっと、酷い顔をしてる。

 デリカシーのない女だ。きっと嫁の貰い手なんてないに違いない。

 そんなことを考えているのがばれたのか、女の人の冷たい視線が僕を射

抜いた。度胆を抜かれたような気がして心臓が跳ねる。死んでるのに動い

てるなんて都合がよすぎやしないか。

「は、はい……行きます……」

 ふと、いつものクセで胸元に手を置くと、いつも持っていたカメラがないこ

とに気付いた。服も違う――これ、死装束っていうんだっけ? 夢なら、覚

めてくれよ。

 勝利Tシャツとジーンズの僕の日常を返してくれよ。

 ほんとに……頼むから!

 一歩を踏み出したところで僕は気づいたんだ。

「……何も、言ってない」

 そのことに。

 

 

 

 夕暮れ。

 僕は公園にいた。

 脈絡がないと言えばないけれど、僕はここに来たかった。

 ここは始まりで、そして終わりになった場所だから。

「いきなりどうしたの?」

 呼び出した相手は幼馴染。ずっと、僕のことを気遣ってくれた子。

 顔は悪くないし、勉強もできるし、運動少し苦手だけどいい子で。

「あのさ、もしも僕が死んだら哀しい?」

「縁起悪いこと言わないでよ。死ぬなんて」

 僕のために泣ける優しい子。

 困らせてごめん。でも言わせて。

「けど、人間っていつか死ぬよね? だから……」

「そんなこと考えるより先に、もっと考えることがあるでしょ。

 ほら……おじさんも亡くなって、おばさんだって……」

 悲しそうな声。そうだよね、僕がこうなった原因の一つを間近に見たからね。

 けど、もう悲しまないで。苦しまないで。

 僕の手は彼女の頭を撫でていた。

 サラサラとした髪の感触。一度も触れたことがないのだと気づいた。

「ありがと。君がいてくれてよかったよ。僕は……すごく幸せだと思える」

「なに、いきなり……?」

 戸惑う彼女の首に、カメラの紐をかける。ズシリとした重みが消えて、

今にも飛べそうな気分になる。

 僕はこれを彼女に渡す。

 僕はこれを彼女に託す。

「これ、大事にしてね。父さんと母さんの形見だから」

「これはあなたが持ってないと……」

 首を左右に振って、僕は笑った。初めてかもしれない……こんな笑顔は。

 ソレに気づいて彼女も凄く悲しそうな顔をした。ごめんね。

 やっと笑えたのに。やっと、君の目を見て笑えたのに。

「僕は……もう、逝かないと」

「待って、ダメ。いかないで! 知ってるよ、今日の事故のこと。

 けど、生きてるって……呼び出してくれたから……生きてるって信じて……!!」

 彼女の手を握って、小さい頃からしてたようにお別れを惜しむ。

 知ってる? そのフィルムにあるのはこの公園と……

「平和な景色を、たくさん撮ってね。好きなんだ……平和な世界が」

 あの、平和な景色の中で笑う君が。

 一人じゃ外に出れなくなった僕を外に連れ出してくれる君の笑顔が。

 ずっと……好きだったんだ。

 最期に逢いたいと思うくらいに。

「幸せを。僕は君が幸せになってくれればいいと思ってる……だから……」

「やだよ。嫌だよ……」

 手の感覚がなくなる。

 聞こえる音が変わる。

 もう、時間だ。

 くれた時間はほんの少し。

 たった五分間の挨拶。でも長い五分間。

 君と話せた。君を見れた。君を撫でた。君に託した。

 僕がここにいたこと。

 僕の持っていた思い出。

 僕の抱えていた苦しみ。

「ばいばい……ありがと……僕の……」

 

 ――ぼくのこころをまもってくれたやさしいひと――

 

 

 君が全部抱きしめてくれたのを知ってる。

 何も心配事なんてない。

 君が生きてる。

 それだけで僕は――――

 

 

 

 

 本日は晴天。

 雲ひとつない空には鳥がはばたく。

 平和を体現したような景色をカメラのレンズ越しに眺める。

 シャッター音と共に聞こえてくるのは子供たちの声。

 

 彼が愛した世界を、ずっと写していきたい。

 墓前に添える花と写真。

 今日はあなたの命日だから。

 大切な写真を持ってくね。

 青い空と、子供たちの写真。あなたの――愛したものの写真。

 私も写ってるけど、いいよね?

 あのフィルムは私の宝物。この写真はあなたの宝物になったかな?