甘ったるい匂いが鼻をつく。甘いものが別段好きなわけではないけれど、
せっかくだし。
 据え膳食わぬは男の恥とじいさんから教えられてきたものです。
 なので美味しく頂こうと思ったわけです。
 せっかく、かわいい同居人が用意してくれたわけですから。

 バレンタインデーのプレゼントを。

「あまっ……チョコソースってほんとに甘いな」
 味見、と言わんばかりに一口舐めてみると、予想以上の甘さに思わず顔を
顰める。しかし、一度チョコソースを舐め取った舌は口の中に戻るわけではな
く、さらにさらにと滴るそれを拭うように張っていく。
「んっ……」
 くすぐったそうに身じろいで、鼻の奥に響くような甘い声を必死に噛み殺して
いる女は、時折り気恥ずかしそうにシーツを掴んでは、縋るような眼差しで男
を見遣った。
「どうしたんだよ。怜……せっかくのバレンタインなんだからもっとテンションあ
げろって」
「だ、だって……電気くらい消してくれたって……!」
 耳まで真っ赤になりそうな顔。
 正直なことを言ってしまえば、何を今更という気がしている。同じ部屋で暮らし
てもうすぐ一年、その間に電気をつけたままなんてことが何回あったことか。
 数えていないので正確な数字はわからないが、そのたびに恥ずかしがるどころ
か普段よりもノリが良かったことをよく覚えている。
 男は、この部屋の持ち主にして怜の恋人である広樹は、指に付着したチョコソー
スを舌先で舐めとり、キスをせがむように顔を近づけた。
「ほんとは嬉しいクセに」
「ひ、広樹!」
 口では怒っても、怜が絶対に拒否しないことを彼はよく知っている。
 現に近づけた唇には、柔らかい彼女の唇が重なっているし、首には両腕が回
されて情熱的なまでに求められている。部屋中に充満しているチョコレートの匂
いは気が滅入るが、たまにはこういうプレイも悪くはない。
 とくにこんなバレンタインデーとかそういうイベントのときならなおさらだと、程よ
く実っている二つの乳房にチョコソースを塗りこみながら広樹は思った。
 頭の奥に直接響くような甘い声。
 ぬるりとしたチョコソースの感触。熱で溶けてシーツの上に滴り落ちて、それを
這いつくばらせた状態できれいに掃除させたらば、さぞかし気分のいい光景にな
るだろう。
 溶ける溶ける。
 チョコレートが溶けて、混ざり合う。
「なぁ。怜」
 耳に唇を寄せて、その手は彼女が一番喜ぶところに触れて。
 熱が上がるのを全身で愉しむ。
「俺にもやってくれるよな?」
 囁かれた言の葉に、彼女はゆっくりと、恥ずかしそうに頷いた。


 甘ったるいチョコの匂い。
 悪くない、悪くない。
 むしろいいくらい。

 ホワイトデーには練乳で同じことしてみようかと。
 仕事のスーツのまま、白く塗り潰してやろうかと。

 そんな悪戯を思いついた。