背徳の心はないのか――?
「うん。ないよ?」
闇の腕は光を抱く。
肉体らしい肉体を得て、どれほどの年月が流れただろうか。
いまだに変わらぬ若き見目は、常にただ一人のために開かれる。
「僕たちは二人で一つだもん……ねぇ? 兄様」
答えるのは声ではなく、優しい手。
頬を撫でて、首を撫でて、もっと、もっと下へ。
抱き締める腕に力をいれて、肋骨を砕くほどに。
「兄様はどこが好き? 僕は……」
触れる手が止まって、まったく同じ顔が笑う。
まるで鏡に映したかのような二人は、違う色をした双眸を細め、互いに手を
合わせる。同じ肉体かと問われれば、バラバラに分解しても同じなのだと答え
るだろう。
男か――女か――差はあれど、同じなのだと。
同じ母の胎から産まれ、同じ時間を過ごした。一つになりたいと疼く体の奥底
の声に従って何が悪いか。
「兄様、もっと触って。
僕も兄様にもっと触りたい、僕にはないものばかりだからね」
満面の笑みを浮かべて甘えるように告げれば、兄は他の誰にも向けないよう
な優しい微笑で答えるだろう。合わせた手の平から違う温もりがなだれ込んで――
ヒトの身とはまったく違う躯が熱くなる。
「ねぇ……これは、僕たちの幻想?
それとも、真実? 兄様……熱いんだ、すごく……すごくね」
血のような真っ赤な瞳。
熱を帯びて兄を見つめる。その先にある微笑を手にしようと唇を触れさせても、
何一つとして満たされない。躯はこんなにも欲しがっているのに、躯の奥底で疼く
感情の名前を知らない。
「兄様、兄様……」
うわ言のように名前だけを繰り返して。
光を抱く腕が焼かれるのを待つ。
触れたその先から焦げて、そのまま溶けて一つになってしまえ。
そうすれば、欲しがらない。ずっと満たされる。
「兄様……兄様、兄様……もっと、強く……兄様」
闇しか存在しないこの躯に光が入る。
激しい熱と、痛みと――あと、もう一つ。
混ざり合うさまを母が見たら嘆くだろうか? せっかく二人に産んでくれたのに――
一つになろうと求め合う姿に嘆くだろうか?
「兄様……もっと、光を……もっと、もっと」
背徳の心なんてものよりも。
今はとにかく――光が欲しい。僕は闇だから。
闇を抱く光の腕。
顔つきの違いは性格の違い。
同じ顔に感情の違いが入る。
それでも妹は同じ顔だと笑う。母が与えてくれた愛しい肉体だと言う。
孤独を悲しんだ母。
優しい母は、闇と光が入れ混じる混沌を双生児として産んだ。
孤独ではない、光と闇で寄り添って生きていけと――
ゆえのこの行為は母への――――
けれど止められようか?
光であるがゆえに闇を求める衝動を。
体温のない躯に体温が宿る愉しみを。
「最愛の妹……あなたの闇を私にください」
人間の皮膚とは違うさわり心地。
その奥へと手をもぐりこませて、もっと深く。
血液の流れないこの肉体の奥の奥まで混ざり合って。
一つの混沌になってしまおうか。
「ケイオス……」
口付けを求めるように双眸を閉じて。
その躯を抱き締める。
優しい母に申し訳ないと思う――
けれど止まらないこの衝動と、本能は、光を闇に導く。
「一つに――」
母への背徳心。
けれど欲しいのは妹のすべて。私は光で、闇だけが欲しい。
触れた手の先から溶け合って。
黒と白が混ざり合う。
甘い睦言はやがて消え去り、そこには始まりが生まれる。
元始の命が誕生するまで二人きり。
二度と会うこともない母を想って。
母の想いを無下にしてしまって。
少しだけ悲しみが生まれる。
背徳の心なんてものはないけれど。
母が悲しむのは見たくない。
けれど抑えられない。
どうしようもないほど、光と闇は一つになりたがる。