隠してしまいましょう。
こんな悲しい世界。
あなたを傷つける世界。
全部隠してしまいましょう。
あなたがニ度と悲しまないように。
「――で。なんのつもりだ」
夕莉の言葉に結梨は、しどろもどろに手の中のリボンを握った。真っ赤なリボンは
幾重にも、幾重にも絡まって、目の前の友人の視界を塞いでいる。
「いや、よくわかんないけど……」
技術の時間に使うリボンを受け取って、先生の説明を聞いていたところまでは覚え
ている。しかし、うつらうつらと春の陽気に誘われて、居眠りをした。
――そう。夢を見た。
闇の中で顔を手で覆って泣く少女がいて。
その傍らに二人の青年がいた。
それはどちらも言う。
「こんな悲しい世界なら見えなければいいのに」
「あなたを悲しませる世界なんて見えなければ」
その声を聞いていた。
とても不思議な場所で聞いていた。
そして、目を覚ました。
目の前で自分を呼ぶ声を追いかけ、その視界を覆い隠すためにリボンをまいた。
赤いリボンを巻かれた夕莉はイスに座り、結梨の弁解を聞いていた。
「なんか、居眠りから起きたら……七瀬に巻かないといけない気がしたんだよ」
「いや、わけわかんねぇから。とっていいか?」
「ダメだ!!」
思わず声を張り上げた結梨を見上げるように、夕莉の首が上を向く。黒く長い髪が
流れた。
各々の作業に夢中になっているクラスメイトは二人のやり取りに気付かないのか、
誰一人として、この異常な状況を叫ぶものはいない。
「……深山がそうしたいなら、そうすればいい」
諦めたのか、夕莉は手にしていた彫刻刀を机の上に置いた。
見えていないはずなのに迷いがないかのように動く手。それを見ていた結梨は、小
さな声で、とても小さな声で告げた。
「キレイな世界なら……七瀬が見ても、傷付かない世界ならいいのにな」
「……どうした」
返ってくるのは優しい声。
自分以外に向けられることのない、とても、優しい声。
その声に甘えるように、結梨は震える手を伸ばした。真っ赤なリボンが巻かれてい
る顔へと、伸ばす。
「……わかんね……けど。すごく、七瀬に触りたい」
目全体を覆う赤いリボンの上から、夕莉の顔の線を撫でる。
何も見えないからか、それとも何も思わないからか、夕莉は無抵抗のまま、まっす
ぐに結梨を見ていた。
そこに眼球は見えないのに、責められているような気にすらなる。
いつだって――この娘は自分を責めたりしないのに。
いつだって、守ろうとしているのに。
「……七瀬は……なんで、オレを」
触れる手が、震える。
僅かに熱を帯びたのは胸か、手か。
冷たいリボンが熱を伝えて、夕莉を燃やしてしまうような気すらする。
「お前は……」
夕莉の唇が震える。
血を飲み干したかのような赤。
そこから紡ぎだされる言の葉は――
「お前は……いつだって眩しいからな。目が見えなくても分かる。だからだ」
とても、深い深い闇の中。
手探りで触れれば、人より体温の高い肌に触れる。
「だいじょうぶか……?」
掠れた声の問いに、苦痛に歪んだ顔をリボンで隠す。
まだ、熱を帯びている手で。忘れていない手で。
リボンを外す。
現実から彼女を隔離するモノを。
自分以外見えなくする目隠しを。
「七瀬……オレ、七瀬には広い世界を見て欲しい」
唇が手に触れる。
熱い舌が這って。
「それが……お前を傷つける、世界でも」
オレが大好きなこの世界。
お前にも好きになって欲しいから。