頬が、熱い。

 手が、熱い。

 言葉が――でない。

 頭が働かない。

 戦場なら死んでる。

 きっと、死んでる。

 

「顔が赤いよ、どうしたの? 風邪かな」

 

 悪びれもなく告げたその言葉に、彼女は――この国においては誰もが知っている、

双黒の大魔女はつり上がった目を余計に吊り上げた。

「お前が――!!」

「ボクが?」

 笑う。

 どこまでも深い笑み。

 それはまるで夜の闇のよう――

 

 呑まれる。

 

 そう――思った。

 大魔女と呼ばれる年端もいかぬ少女は、唇を噛んで少年を睨む。

「七瀬って、思ってたよりもずっと純粋なんだね」

 告げられた言葉に少女は激昂する。

 真っ黒に塗り潰された壁を叩いて、歯を食い縛る。見開かれた漆黒の瞳には殺意

すら見えた。それでも少年は笑顔を浮かべたまま、楽しそうに笑ったまま、

「可愛いと思うよ、そういうところ――だってさ」

 立ち上がって、近寄る。少女は逃げるわけでもなく、真っ向から少年を睨んでいた。

「この憎悪の向こうにある、本当のカオが楽しみになるでしょ?」

 触れる、手の平。頬を撫でるその手を切り落すのは容易くとも、この手は動かない。

 肩口、そこから先には決して伸びることの無い黒髪。それを指で梳きながら、憎悪

に見開かれた瞳を見詰める。漆黒が漆黒を呼んで――

「ねえ、七瀬……泣いてくれるかな? いや、違うな……泣け、かな」

 深い笑みで告げられた言葉に、少女が笑って答える。

 笑みだけで、人を殺せそうなほどに――鋭い。

「お前が僕の心を掴めたらな」

「あぁ、それは難しいね。ボクには難しい、七瀬は頭が良いね」

 交わす笑みは上辺だけ。

 憎悪から冷静になる少女の手は、今にも心臓を抉り出してくれそうだというのに。

 少年は自らの手を、少女の胸へとあてがう。触れる、柔らかさは事実――しかし、そ

の奥にあるモノを掴むことなどできやしない。

「ねぇ、七瀬」

 細い首筋へと指を滑らせても、何の反応も見せない。

 先ほどのような可愛い反応など。

 戦いと――認識してしまったか。少年は苦笑を浮かべて、浮いた鎖骨へと唇を這わした。

 少しだけ、少女の躯が震えるのは恐怖からか、それとも――早すぎるこの行為への、

期待か? 考えて馬鹿馬鹿しくなったのか、少年は少女の背中へと腕を回した。

「触んな……殺すぞ」

「殺せたら、殺して。死んでもボクはお前を忘れないから」

 少女の手が、頬に触れる。

 熱い。

「……駿河」

 吐息を、孕んだ、熱っぽい声。

 耳の奥に響いて、なんて甘美なことか。

「お前、熱いな。風邪か?」

「七瀬も十分熱いよ、きっと七瀬の風邪が移ったんだ」

 微熱を分け与えあって。

 触れる手はどちらも熱い。

 

 この熱はどちらのもの?

 心地良いまでの微熱はだれのもの?

 

 思考を侵す――甘美なる、熱は。