広い草原でティーパーティーをしている。
 騒いで、盛り上がって、遊んで、はしゃいで、歌って。
 とても楽しくて思わずずっとパーティーならいいのに! なんて叫んだ。
 もちろんみんなはいいね。って言ってくれた。
 だから僕は、みんなとずっと一緒にいるんだ。またティーパーティーをするために。
 この草原は僕だけのメルヘンな世界。みんなには内緒だよ。
「とーふーぅー。とーうふー」
 はい夢オチ。メルヘンな世界に豆腐屋は来ませんよ。
 実際には聞こえるはずのない声が頭の中に響いた気がした。窓辺で趣味に没頭
している内に転寝をしてしまっていたらしい彼は、手の中にあった小さなマスコットを
机の上に置いた。
 誰かにプレゼントするわけではないが丁寧に作り上げた兎のマスコット。
「あとチェーンつければおしまいか」
 どこにでもいる風貌。
 黒い髪にあまり日に焼けていない肌。体つきは少々華奢で控えめに見ても運動は
得意そうには見えないこの少年。
 名前を南部明。名前までたいした特徴のないこの少年は大きく腕を真上に上げて
関節を伸ばした。
「んー……あぁ。今何時だろ」
 ぼんやりとした目で机の上に置いてある目覚し時計へと手を伸ばせば長針は十
二を、短針は四を差していた。
「けっこう寝ちゃったんだ……」
 たまの休日を寝て過ごすのも悪くはないが、目がさめて夕方になっていると少々
もったいないような気分になってしまうのは決して彼が時間に対して貧乏性というわ
けではないだろう。
 学生という身分に加え、日々のアルバイトで自分の趣味の時間を散々削っている
のだ。何もない日くらいは趣味で充実していたいというのも当然の話である。
「あーあ。宿題もやんないとなのに」
 少しだけ不満げな表情を浮かべると上手い具合のその顔が鏡に映りこむ。
「うわ、ブサ……」
 元がいいというわけでもないが平々凡々とした顔が不機嫌に歪むと目も当てられ
ないようになる気がする。そんな自分の顔を非難しようとした明の目線が鏡の端で
止まる。
「え?」
 青いスカート。
 女装趣味なんてない。
 もちろん女のものの店に入ったことがないとは言わないが女物の洋服を買ったこ
とはない。さらに言えば彼女だっているわけではないし、もしも奇跡的にいたとしても
部屋に入れられるほど肝が据わっているわけでもない。
 つまり結論。
 誰かが勝手に部屋に入ってる。
 女はお母さんただ一人の南部家に青いスカートをはいた女の子が不法侵入している。
「ど、どちらさまですかー!?」
 勢いづけて振り向くと、そこにはフワフワとした巻き毛の女の子が立っていた。顔立
ちはおっとりとしていて、赤いタレ目はちょっとだけ驚いたように丸まっている。
 それだけならば可愛い子発見で心が潤っただろうが――
「ウサ耳!?」
 なぜか女の子はフワフワの巻き毛の間から二本の白く長い耳を生やしていた。
「い、いそがなきゃっ」
 ワタワタと慌てて走り出す兎の耳をつけた女の子。
 どこかで見たことあるぞこのメルヘンな展開。そんなことを思ったかどうかは知らな
いが明は慌てて女の子の後を追いかけて足を踏み出した。
「待って、もしかしてティーパーティーに……!!」
 女の子がドアを開けて外へと飛び出る。
 同じようにドアノブをひねってドアを開け放って飛び出れば――

 そこは広大な草原でした。

「……え」
 見慣れた自宅の壁ではなくて、周囲は草原。それこそ水平線の向こうまで。
「拝啓母上様、いかがお過ごしでしょうか? あなたの息子はただいまメルヘンな世界
へとエスケープしてしまったようですが幸せにやっていけると思いますので探さないで
下さい。
 できれば俺の部屋はそのままに。決してベッドの下なんて覗かないでくださいね」
 ブツブツとその場で独り言を呟いていると、腰のあたりに何かの気配を感じた。
「ん?」
 目線を下げれば、そこには大きな亜麻色の目を輝かせている少女が一人。服装は
よくあるティーシャツと半ズボンだというのに、なぜか大きな首輪とフサフサとした尾を
つけている。
 最近の流行だろうか?
 考え込んでいると少女は満面の笑みを浮かべて飛びついてきた。
「明だ! 明が来たよ!!」
「うわあ!?」
 いくら小さいとは言えど人一人が飛びついてきたら倒れてしまう。辺りの光景ががス
ローモーションのように流れ、体が斜めになるのが分かった。
 痛みを覚悟しようと目を閉じるも覚悟していた痛みは一向に訪れず、むしろ心地良
い柔らかさが背中に触れていた。
「……あれ?」
 恐る恐る目を開けると、そこには大人の女性! とアピールしているかのような顔
があった。ほのかに薫る化粧の匂い――と、どこかで嗅いだことのある甘い香り。
「あらあらー? 明ってば、だいじょ〜ぶぅー?」
「は、はい……おかげさまで……」
 あまりの大人オーラに臆していると女性は明るく笑って明を抱き締めた。それと同
時に背中に感じる柔らかさがより押し付けられ――その正体を悟った明の顔が見る
見るうちに赤くなる。
「ねー? なんで明赤くなってんの?」
 まだ抱きついたままだった首輪の少女が首を傾げる。
 理由なんて言えません。
「めぇ〜明ぁーやほぉー」
「この牛女! なに明に抱きついてんのよ」
「黙れ猫娘。甲高い声で喚くな」
「あ、あの……二人とも……ケンカは……」
 なんかたくさんきた。
 全てが女の子。みんなかわいい。ただちょっとおかしい。
 明はメルヘンな世界とその世界によく似合う、六人の女の子をぐるりと見遣り言葉
を失った。
 なんだこれ。すげえ健全な男の子らしいメルヘンだよ。
「――えーと……自己紹介ありがとうございました」
 深々と頭を下げると、いつの間にか用意されていたお茶会用のテーブルに額を強
く打ち付ける。それによって生まれた震動で紅茶が揺れたが、零れるまでには至ら
なかった。
「そちらの兎の耳つけた人がレプロットさん。そっちの犬用の首輪つけてるのがカー
ネちゃん。牛柄の服着たお姉さんがマンザさん。猫耳と鋭い爪のあなたがミーチョさ
ん。羊の角のもこもこしてるあなたはパストリッツィアさん。鼠の尾みたいなポニー
テールのあなたはカーヴィアさん」
「さすが明殿。物分りが早くて助かりまする」
「コレくらい当然でしょ?」
 猫耳のミーチョが鼠の尾ポニテのカーヴィアを睨む。一触即発の雰囲気だった
が牛姉さんのマンザの鶴の一声によって、ケンカの心配は必要ないようだった。
「今日は明のためにパーティーするって言ったでしょぉ? あ〜んまりケンカしてる
と、お姉さんが潰しちゃうわよ」
「あ、あの……明さんも見ていることですし……」
 慌ててフォローを入れようとする兎耳のレプロット。そんな空気が読めないのか
犬首輪のカーネは盛大に音を立てて紅茶を飲んでいた。
「めぇ〜明がいるとみんな騒がしいめぇ」
 クッキーを食べている羊角のパストリッツィアは、開いているのか分からないよ
うな両目で明を見た。その顔にどうも見覚えのあった彼は少しだけ不思議そうに
首を傾げる。
「当たり前じゃない! せぇーっかく、明と遊べるのよぉ?」
「盛り上がらぬ方がどうかしておる」
「あのね! ボクたち明と遊ぶの楽しみにしてたんだよ!!」
「あたしは別にどうでもいいけど。みんなが煩いから参加してやってるだけなんだから」
「わ、わたし……とても、うれしいです……明さんと遊べて」
 次々とまくし立てるように喋りだす女の子たち。そのどの顔もよく見るとどこかで見
たことがあるような――どこか、なんてものではない。長いこと見てきたような気がす
る顔ばかりだった。
 明は首を傾げ、紅茶を口に含む。
「そうそう! 明ってばぁーアタシがいないと寝れない〜なんて甘えてきたこともあった
わよね」
 口に含んだ紅茶は霧状になって吐き出されました。
「フン! それくらい何よ。あたしなんて一緒にいないとお出かけできなかったんだか
ら!」
「ボクにはガッコウにつれていくーって言ってくれたよね!」
「めぇ〜枕にして一緒に寝たわめぇー」
「共に湯浴みをしたこともある」
「わたしは……耳を……齧られたことも」
 いや、よく分からないから。
 突然言われた奇行の数々。もしかすると、とても親しい親戚だったのかも――いや、
ありえない。親戚にこんなコスプレ集団がいるはずがない、いてたまるか。
 憧れのメルヘンなティーパーティーに参加しているはずなのに戸惑いの方が先に出
てしまう。そのことに不満を抱くが、心の奥でざわついているものの正体を知るべく、
明は意を決した。
「みなさんは、俺のどういう知り合いで?」
 きょとん、とした顔。
「めぇ〜ずっと一緒にいたよめぇ」
「今日だってぇ、アタシは明のベッドにいたわよぉ?」
 見覚えのある顔と、そこはかとなく懐かしい物言い。
「幼少のみぎりにお会いした限りだ致し方なかろう」
「何言ってんのよ! 毎日顔合わせてるでしょ!」
 どこか懐かしいやり取り。
 どこかで――
「ボクは明のことたくさん知ってるよ!」
 古びた首輪、見覚えのある首輪。
「……あ?」
 ふいに視界に入るのはレプロットの兎耳。赤い糸で刺繍がしてある――
「え、いや。ちょっと待とう。もしかして、てか、確信?」
 明はあまりにもメルヘンな展開に息を呑んだ。
 一人寝を怖がる小さな子供に両親はたくさんのぬいぐるみを買い与えてやりました。
そのぬいぐるみたちを喜んだ子供は、毎日毎日ぬいぐるみたちとばかり遊んでいたの
です。
 それは違う世界を作り出してしまう勢いで。
 やがて成長して子供は少年になって、ぬいぐるみたちと遊ぶ時間が少なくなってしま
いました。
 けれど少年は、あの日のティーパーティーを忘れません。
 いつかきっとティーパーティーが出来ると信じて。
 毎日寝る前にぬいぐるみたちに話し掛けていたのです。
 テーブルを囲む女の子たち。懐かしい顔立ちと、込み上げる感情。
 メルヘン過ぎて誰にも話せないティーパーティー。

――イツモ アリガトウ ダイスキ――