ずっと友達だよ。

 どんなに酷いことを言われても。

 ずっと大好きだから。

 そんなに泣かないで。

 大好きだから。

 お願いだから笑って。お願い。

 

「はぁ……あ、ぅ……」

 濡れた音が妙に反響して聞こえる。

 羞恥心から耳を塞ごうと手を伸ばすと、彼はクスクスと笑い声を漏らし

ながら手首を掴んだ。

「もっと聞いてればいいだろ? 自分のカラダの音なんだからさぁ」

「けど……っ」

 首筋に唇が触れる。

 そのまま皮膚の上を滑り、時折り強く吸い付いては、笑い声を漏らす。

手首を掴む手ではない方――彼の利き手でもある左手は、先ほどからし

つこいくらいに両足の付け根を弄っている。

「変だって……絶対。俺たち――」

「雪がしたいって言ったのに? 勝手だね」

「それは……蘭が……」

 雪と呼ばれた方の少年――年のころは十代後半か、黒い髪を軽く逆立

てた一見勝気にも見える彼は、真正面に腰を下ろして笑っている蘭という

名の少年から目をそらした。

 その仕草が気に食わなかったのか蘭は、左手で包み込むように握って

いた雪の陰茎に軽く爪を立てた。

「いっ……」

 痛みに顔を顰める雪。しかし蘭は笑顔を絶やさぬまま、

「今、すっごい汁出てきた。ちょっと硬さも増したし。雪ってイタイ方が感じ

るタチ?」

 無邪気――とも思えるような表情でそれを問うのだ。

 告げられた言葉に雪は両目を見開いた。しかし、爪を立てられた瞬間

に背筋を電気のようなものが走り、一瞬でも快楽を感じたことは事実な

のだ。それがあるせいか雪は唇を噛んでさらにうつむいてしまった。

 しかし、そのせいで自分の視界に、蘭の決して大きくは無い手で握ら

れた自分のモノを見てしまい、俯いたことを後悔した。

「ん、そんなに見たい? 雪って面白いねー、勃った自分の見たいなんて」

「見たいわけ……な、ぁっ」

 蘭の指が慣れている、とすら思わせる手つきで丸みを帯びた先端部分を擦る。

「見せたいのは僕も山々だけど、雪に本気で抵抗されたら絶対負けちゃ

うからーこのままの姿勢のがいいなぁ」

 ニコニコと機嫌良さそうに笑っている蘭。確かに彼はクラスの中でも小

柄な部類に入るし、力もそこまで強くはない。体格を考えれば雪が負け

ることは考えられないはず――だが、雪は彼に殴りかかるどころかその

手を振り払うことすらしなかった。

 その理由に覚えがあるのか蘭は笑顔のまま、雪の頬へと口付けた。

「ここまではお前の望んだ結果ってヤツ?」

 頬を舐められ、ゾクリとしたものが背中を走る。

 しかし悪寒かと聞かれればそれは否、であった。早鐘のように鳴り響く

胸の鼓動は、嫌悪からくるものではなく期待の混じった――目の前にい

る小柄な少年のもたらす快楽への期待からくるものであった。

「雪、なんで泣いてるの? 泣くほど痛いことなんてしてないよ、僕は」

 ジワリと浮かんできた涙の粒を唇で吸い取ると、蘭は何かを思いつい

たのか途端に笑みを深くした。

「分かった! 僕はいつまでも焦らしてるから苦しくなったんだ?

 辛いよね、イケないのって!」

 ごめんね、と笑顔で謝罪しながら蘭の顔が先走りの蜜を滴らせている

陰茎を見る。

「すぐにイカせてあげるから安心してね」

「違う……っ、蘭。ちがうっ、ん……うぁ」

 饒舌な蘭の声が聞こえなくなり、代わりと言わんばかりに濡れた音が

響き始める。わざと音をたてているのか、それとも偶然なのか、それを

判断できるほど冷静でいられなくなった雪は、蘭の頭を両手で挟み込

むように掴んだ。

 汗で濡れた指に、蘭の髪がからみつく。

「やめ、っあ。やめ……っく……あ、はっぁ……」

 先端を軽く吸い、そのまま一気に口腔の奥へと押し込む。口の中の

ぐにゃぐにゃとした感触に、塞き止められ、体内で燻っていた熱が出口

を求めて走り出したような気すらする。

「蘭、蘭っ……やめろ、っ……」

 引き剥がそうにも体に力が入らないせいで、蘭の髪を掻き乱すだけで

腕が疲労を訴える。

 その間にも蘭の舌は、雪の陰茎をまるで美味しいものを食しているか

のように、笑顔を浮かべて舐めていた。どこでそんな技術を覚えてきた

のか彼は、一介の高校生にはありえないほどに巧みに舌を絡めてくる。

「たのむ……っ、やめてくれ……」

 震えた声で発せられた懇願に、一瞬だけ蘭の動きが止まった。

 刹那――

「雪は我侭だよ。前は口じゃないと怒ったのに、今度はドコがいいわけ?」

 顔をあげた蘭の顔は、歪んだ笑みを浮かべていた。

「蘭、俺の話を聞け……」

 乱れた呼吸を整えようと深く息を吸う雪。その様子をジッと見詰めてい

る蘭は、不貞腐れているのか唇を尖らせていた。

「なに?」

「……悪かった」

 ぽつりと呟かれた言葉に、蘭の表情が固まった。何を言われたのかと

理解するよりも前に、全身の細胞がその言葉を受け取ることを拒否する。

 彼の言葉のすべてを拒絶する。

「俺が……悪かった、蘭……ごめん…………」

 深い呼吸を繰り返して呟かれる言葉。

 その言葉の一つ一つに蘭は、酷く傷付いた表情を浮かべていた。

「……なんだよ。なに言い出すんだよ、なんで雪が謝ってるわけ?

 やめてよ、僕の前でそんな弱い雪を見せないでよ!」

 蘭にしては珍しいほどに激昂し、声を荒げている。その様子に雪は堪

えきれなくなったのか大粒の涙を零した。頬を伝い、落ちていくの雫を蘭

の目が捉える。

「なんで泣いてるんだよ雪。

 僕、雪の嫌がることなんて一つもしてない、雪がして欲しいって言ったから。

 しないと雪がどこかに行くって、雪が僕から離れるって言うから、僕は! 僕は……」

 両眼を見開いて。

 零れ落ちる涙の雫を見詰める。

「ごめん……蘭」

「だから、そんなに弱い雪なんて見たくないんだよ! 僕が雪にイロんな

ことできるようになって、雪が気持ちよくなればなるほど、雪は僕のこと

好きでいてくれる、雪は僕だけの友達になってくれるって言ったじゃないか!!

 何でいまさら悲しそうにするの!? 僕に飽きた? ねぇ、じゃあどう

すればいい?

 今度は何をすればずっと傍にいてくれる?

 ねぇ、雪。いつもみたいに命令してよ。

 教えてよ雪!」

 両肩を掴んで激しく揺さぶると、顎を伝う涙が蘭へと落ちる。

 冷たい雫に、蘭の顔から血の気が失せていった。今にも泣き出しそ

うな表情を浮かべ、震える唇で言葉を紡ごうと動かすが、それらは声

になる前に消えてしまう。

 ジワリと浮かんだ涙は決して零れることはなかったが、充血した目

はまっすぐに雪だけを見詰めていた。

「僕はもう……いらないの? 雪…………」

 震える声で紡がれた言葉。

 雪は何も言わずに俯くだけだった。嗚咽が聞こえる、こんなに泣き

崩れる彼を見たことがない――蘭はしばしの間黙り込むと、静かに

その顔から表情を消した。

 それは、とても遠い昔に見た顔と同じ。

 初めて、彼に命令をしたときと同じだった。

「……早く、服着なよ。着たらすぐに帰ってよね」

 ただ違うのは――あのときの彼は、困ったように泣きながら服を脱

いでいた。

 どうすればいいのと聞きながら行為に及んだ。

 今は――――

 冷たい横顔のまま、服を着ている雪を見ているだけだった。

「蘭、俺は――」

「早く帰ってよ。僕の部屋は友達だけがはいっていいんだ。帰ってよ」

 ずっと一緒にいた。けれど蘭のこんなに冷たい声を聞いたことがな

かった。怒るこも少なくて、いつもオドオドしているように思えた。何を

言われても笑って誤魔化しているように。

 だからこそ――

「蘭……ごめん……」

 小さく呟かれた声に蘭は何も返さなかった。無言のまま窓の外を眺

めているだけ。

 初めて教室でであった時と酷似していたけれど――まったく、違った。

 雪だけを拒む何かが感じられた。それはもしかしたら彼への罪悪感

から来る思い込みなのかもしれないけれど、けれど――もう、昔のよう

に無邪気な笑顔で遊べないという確信だけはあった。

 禁忌の扉に手を開いてしまったあの日から。

 

 

 押入れの中で遊んでいた。

 暗く、狭い中で。

 いつもいつもオドオドしている蘭を見ていると、苛立ちのようなものを感

じることがあったけれど、二人でいる時間は楽しかったから毎日遊んだ。

学校帰りに、休日に、二人で遊んでるときの蘭は、とても明るい笑顔で笑

いながら雪の後をついてきていた。

 それが楽しくて。

 それが嬉しくて。

 けれど、時間が経つ内に蘭にも友達ができ始めた。

 初めて一緒に遊ばなかったのは、中学生の時。クラスが違うことからな

かなか会えない内に、彼は友人を作っていた。いつの間にか雪の知らな

い音楽を聴くようになって、いつの間にか趣味の違う洋服を着るようになっ

ていた。

 まったく知らない蘭の顔。

 自分の知らない蘭が恐ろしくて。

 どうしても、受け入れられなかった。

 自分の知らない蘭が。

 だからこそ、あの言葉が出たのだろう。

 

――蘭と遊んでてもつまんない。俺、他の友達と遊ぼうかな――

 

 久しぶりに遊んだときに、つい言ってしまった言葉。

 その言葉に蘭は酷く傷ついた顔をした。

 そして泣きそうになりながら問うたのだ。

 

――嫌だよ。雪がいないと嫌だよ――

 

 その言葉だけで満足していればよかった。

 想われているということを抱き締めるだけで良かったのに。

 

――じゃあ、兄貴の部屋で見つけた本、お前も見ただろ? アレと同じこと

してくれたらいいよ――

 

 あんなことさえ言わなければ。

 何も変わらずに二人で居られたかもしれないのに。

 後悔しても、今更だと思う。けれども思わずにはいられなかった。

 

 

「……雨、か」

 予報では降らないといっていた。

 傘なんて持ってきていない。けど、濡れて帰るのも悪くないと思った。

 そのまま風邪を引いて、しばらく学校が休めればもっといい。自分がいな

い方が彼は喜んでくれるだろう。

 いっそのこと死んでしまえば――

 そこまで考えた所で、雪は蘭の冷たい横顔を思い出した。違う、彼にとっ

てはもう自分は過去の遺物である、いてもいなくても変わらないのだ。ギリ

ギリのところを繋いでいた鎖を断ったのは自分。

 結びついていた鎖をボロボロにしたのも自分だったのだから。

 これは当然のことなのだろう。

 雪は何も言わずに歩き出した。歩き慣れたこの道も、今は知らない道の

ようにすら思える。

 二人で歩いていた道を一人で歩く。

 そう遠くない自分の家が、どこまでも遠く感じた。遠すぎて、本当の帰れる

のかとすら思った。

「……あー……やば……」

 涙が止まらない。雨はドンドン強くなって土砂降りなのに、その雨で涙の一

粒くらい隠してしまえばいいのに、頬を伝う熱に胸が苦しくなる。

 思わずその場に蹲ってしまった。息苦しくて、胸が痛くて、叫びたいくらいだった。

 どうすればこれを和らげることができるのかと考えても考えても、答えが出ない。

 ただ脳裏に過ぎるのは、蘭の笑顔ばかり。意地の悪い笑顔も、弱々しい笑

顔も、全部が全部――

「俺って……未練がましいなぁ。俺が、蘭……傷つけたのに……ははっ、バカ

じゃねーの……はは」

「……本当にバカだよね」

 ふいに聞こえる声。

 幻聴なのかもしれない。

「何してるの、雪」

 後ろから名前を呼ばれて、振り返ってもいいのだろうか。

 振り返ったら――そこに、いてくれるのだろうか。

「もしかして雨に濡れて風邪ひこうって? ムリだよ、雪は頑丈だもん」

 

 そこに、あなたは、本当にいますか。

 

「ら、蘭……?」

 恐る恐る振り返れば、そこにはいつもと同じ色の傘をさした蘭が立っていた。

 呆れたような顔をしてはいたが、雨の雫が雪に降り注がないように傘を傾け

てくれた。

「雪、立てる? 立てないならおぶるよ」

「なんで……?」

「このままじゃ本当に風邪引いちゃうから、僕の家に戻ろうか。そのほうが近いし」

「なんで」

「雪、行こう」

 手をつかまれ、雪は思わずその手を振り払った。

「……俺、ずっとお前に酷いことしてきたのに、なんでそんなこと言うんだよ。

さっき、お前……!」

「行こう、雪」

 薄く微笑んで、蘭はもう一度手を差し伸べた。

 先ほどの冷たい顔も、声も勘違いだったと言われれば納得してしまいそう

なほどな温和な表情に、雪は差し伸べられた手をとっていた。雨の中、少し

急ぎ足で歩く。

 濡れた靴が変な音を立てているが、そんなことを気にしていられる余裕は

どこにもなくて、ただ隣にいる蘭の顔ばかりを見ていた。

 何を考えているのか分からない。

 けれど、来てくれた事を喜んでいる自分がいる。

 そんなことはありえないと思っていたのに。

 嬉しくて仕方ない。

「雪、フロはいろ」

「あ、あぁ」

 濡れた制服を脱ぐのを手伝ってもらいながら、雪は鏡に映る蘭を見ていた。

 白い肌――中性的な彼にとてもよく似合っている、その滑らかな肌の一部

には、とても酷いヤケド痕があった。

「雪と同じで、僕も治らないんだよ」

 小さい頃、二人で遊んでいるときに出来た傷。原因は自分だった、けれど

蘭は怒るわけでもなく、ただ互いが生きていたことを喜んでくれた。今でも痛々

しいヤケドの痕、それに指を這わせると雪は目を閉じた。

「……雪? 今日の雪はおかしいね、すごく甘えん坊だ」

 目を閉じてしまった雪を引き摺るように浴室へと連れて行くと、蘭はすぐに

シャワーのコックをひねった。

「なぁ、蘭。俺のこと――」

「憎んで欲しい?」

 シャンプーを泡立て雪の髪を洗う。鏡が曇ってしまったせいで、蘭がどのよ

うな表情を浮かべているのかは、分からなかったが声は確かに笑っていた。

いつものように、笑っていた。

「心の底では、嫌われてると思ってた」

「なんで?」

「俺は、いつもお前に我侭を言ってたし、何よりも……」

「ま、そうだよね。さすがに思春期真っ盛りの中学生のときに男とエッチしろっ

て、厳しいよね」

 世間話のようにサラリと告げられた蘭の言葉に雪は言葉を詰まらせた。

 しかし、その反応が見たかっただけなのか雪は、すぐに笑い声をあげて髪

の泡をすべて洗い流した。

「僕も興味がなかったわけじゃないから別にいいよ。そのことも、その後の我

侭も別に気にしてない」

「けど、さっきは怒ってたよな……?」

「まあ、それなりに。だって、雪ってば勝手に自己嫌悪して勝手に僕と絶縁宣

言だもん。

 怒るよねー普通さー。僕の気持ちなんて丸で無視だよ」

 ボディーソープをつけたタオルで雪の背中をこすりながら、いつもの会話の

ように告げていく。雪はどこか怯えたような表情で背後の蘭へと、振り返った。

「けど、そういうところも大好きだよ。さっきは怒っちゃってゴメンネ」

 浮かべられた満面の笑みに、痛んでいた胸を抱き締められた気がした。

「……蘭」

「あーあー、泣かないでよ。雪が泣くときはエッチの時だけでいいから」

 慌てた様子なんて一つも見せずに、雪を抱き締めて背中を叩く。

 その、決して太くはない腕の中で雪は盛大に涙を零した。

「あー……逆効果だった? ほーら、雪」

 少しだけ体から離して、雪の泣き顔を覗き込む。

「泣かないでって」

 泡を落とした手で目を覆われ、そのまま口付けられる。それは唇に触れる

だけの軽いものではあったが、それがかえって涙を零す余裕すらも無くさせた。

 バクバクと心臓が破裂しそうな勢いで脈打っている。それは蘭も同じだった

のか抱きしめられると同時にその鼓動が胸に伝わってきた。

「……へ、へへ……」

 口を離して蘭が笑う。

 何かが気恥ずかしかったのか頬を紅潮させているその姿は、数年前と何一

つ変わっていないようにすら思えた。

「実は、普通のキスって初めてだよね……? ちょっと恥ずかしいね」

 その言葉と、その表情に、雪は胸の奥で何かが弾けたのを感じた。

「蘭」

「ん――!? ちょ、雪っ!!」

 濡れたタイルの上に蘭を押し倒し、そのまま貪るように唇を重ね合わせる。

 家を出る前に甘いものでも食べたのだろうか、絡めた舌からフルーツのよう

な味が伝わってくる。突然の雪の行為に驚いているのか蘭の腕が暴れ、雪の

背中に付着していた泡がドンドン広がり、二人の体を覆い始めていた。

「ごめん……蘭、俺――ちょっと、我慢できない」

「うわ、カタっ……じゃなくて、こんなマニアックなのやだよ僕!」

 喚いている蘭の胸へと手の平を這わすと、口から漏れるのは叫び声ではなく

甘い矯正に変わる。自分がいつもされる側だったおかげで、どこをどう攻めれ

ば蘭が喘いでくれるのかが手にとるように分かる。

 雪は先ほどまでの悲しげな顔はどこへやってしまったのか、一転して鬼畜な

笑みを浮かべた。

「すぐにこういうのも好きになるさ。いつもいつもお前にばかり任せていたから

な、今日は俺がやるよ」

「遠慮しっ、や、あっ、あっ、あっ! ……ゆ、ゆきぃぃ……!!」

 弱々しい反論が浴室に響き渡った。

 

 

 

 ずっと大好きだから。

 ずっと一緒にいよう。

 大好きだから傷つけてしまうけれど。

 きっと一緒にいよう。

 大好きだから。

 ずっと。