この手を掴んだのはお前だから、お前がどうにかしてくれ。

 そんなことを思った――理由は、きっと。

 この手が熱すぎるから。

 触れる場所すべてが、熱すぎるからだろう。

 

 

 

「あまり……気は進まない」

 少し恥ずかしそうに俯いている、青年の前髪をかきあげて十代後半と思

える少女は妖艶に笑った。

「今更、か?」

 白く、細い指で頬を撫でられる。その冷たさにゾクリとすると同時に男とし

ての本能がフツフツと湧き上がる。青年は息を呑み、目の前にいる全裸も

同然な少女を凝視した。

「あぁ……そうそう。契約者として名前を教えてくれないか?」

 真っ赤な舌が、唇を舐める。その仕草の一つ一つが妖艶すぎて、理性を

保てている自分が信じられないほどだ。青年は熱い吐息混じりに言葉を吐く。

「……聖……ひじり、たつや……聖、達弥……」

「タツヤ? ふぅん……私はリリス。偶然、お前を見かけたサキュバスだよ」

 背中の、黒い羽が軽く羽ばたく。

 それは幻想のようで、この生々しい感触がなければすべてを夢と思えた

だろう。だが、触れる手の冷たさも、自分の体温の高さも、自分のものとは

思えない昂ぶりも、すべてが現実なのだと裏付けてくれる。

 夢のように、甘いだけの誘惑なんてありはしない。

「始めようか? もう、我慢は嫌だろう?」

 深く、深く口付けられる。

 一介の高校生が得られるはずも無い、絶妙な舌技に達弥は目を開けて

いられなくなったのか、硬く閉じてすがりつくようにリリスの肩を掴んでいた。

「慣れてないようだね……それもまた、一興」

 ニタリと笑うリリスの舌が達弥の歯列をなぞり、口腔を巧みに犯していく。

それは荒々しいものではなく、魂までを吸い取るかのような口付け。しかし、

漫画のありがちな甘いものなどではなく――

「ふ、う……っ」

 気を抜けば、そのまま殺される。

 そんなものを感じさせるものだった。

「いつもは男に任せるのが私たちの流儀だか、お前が慣れていないのなら

――任せるといい」

 壁に背中を押し付けて、ボタンを一つ一つ外されていく。覗く胸板は白く、

肉付きもいいとはいえない。決してスポーツマンタイプではない、細い体にリ

リスが笑うのが分かった。

「あぁ、いいねぇ。こういう躯も……」

 長い指が、皮膚の上を這う。

 思わずもれそうになる声を必死で堪えて、達弥は冷たいリリスの手を掴んだ。

「ん? ここではないところがいいのか?」

 平然とした表情で、それでもすべての男を魅了するような妖艶な顔と、声で、

リリスは内股気味になっている達弥の両足の付け根へと黒い尾を這わす。

「う、わぁっ?!」

 自分の手とはまったく違う感触に、思わず声をあげる。その反応が面白かっ

たのか、リリスはクスクスと笑い声を漏らしながらズボンの中へと尾を滑り込ま

せた。

「こんな反応するの、お前くらいだよ。

 私が今まで喰べてきた男たちはみぃんな……ガツガツしてたからね」

 口紅をさしているわけでもないのに、真っ赤な唇が胸元を這う。鎖骨のライン

に沿って舌を這わせ、指先は女性とは違う、何の用途があるのか分からない両

胸の突起物を弄っている。

「く、っ……ぁっ………」

 未知の快楽に自然と腰が浮いてしまい、その結果としてリリスの尾に絡まれた

自身が男であるという証が軽く締め付けられる。

「だ、だめだ……って……ぁ」

 頬を紅潮させ、涙交じりに懇願にする達弥が面白いのか、リリスは笑んだまま

口付けてくる。唇を軽く吸われ、息を求めて泳ぐ舌を捕らわれる。

 人間でない者の唾液の味なのか、口の中にはほどよく甘く――そして苦い味が

広がり、それは彼の体温を悪戯に上昇させていく。

「タツヤ、可愛いよ。男にしておくのはもったいないくらいに……あぁ、そうだ」

 きゅ、と陰茎が締め付けられる。思わず達しそうになったのを塞き止められ、今

までに感じたことのない痛みに襲われる。

「な、な……に……?」

 涙をこぼした達弥の頬に触れ、リリスは妖艶に笑ってみせた。

「タツヤも、夢魔になればいい」

「うぇ……?」

 刹那、手よりも巧みに、指よりも繊細に、陰茎をしごかれ、彼女の言った言葉の

意味を理解するよりも前に意識が一瞬だけ途切れた。

「っ、あっ……あっ!」

 浅い呼吸を繰り返していると、リリスに唇を重ねられる。

「んぅっ?!」

 突如、口の中に広がった味に思わず顔をそらそうとするが、力の入らない躯で

は何もすることができず、口の中に注がれた正体不明の液体を飲み干すまでリ

リスから解放されなかった。

「い、いま……のはぁ……?」

 口の中に広がる嫌な臭い。

 顔をあげれば、唇の端から白濁とした液体を伝わせているリリスがいる。

 まさか、と達弥が口を開くよりも前にリリスが答えた。

「タツヤの精液。夢魔にするにはこれが一番いい」

 自分のものを自分で飲んでしまった。その衝撃に達弥は言葉を失っていた。だ

が、そんなことでリリスは何一つとして行為を止めるはずがなく、達して満足した

のか萎えている陰茎を尾で絡みとり、しばらく考えると体勢を変えて、ソレを口に

含んだ。

「わっ………は、ぁ……っ」

 ねっとりとした口腔の感触に、達弥の顔が見る見るうちに赤らんでいく。それと

同時に鎌首をもたげ始める陰茎。それの表面に舌を這わせると、先端からは先

走りの蜜が溢れ始める。

「リリ……ス……それは………っ」

 口答えを許さない、とでも言うように白濁の液体を絡ませた尾が、唇を塞ぐ。

「タツヤ、私の邪魔をしてどうする? 契約違反だぞ」

「ふ……ぅ……」

 表情は分からなかったが、一瞬だけ歯を立てられたことを思うと機嫌はよくない

のかもしれない。そう考えた達弥は息を呑んで、リリスがするように彼女の尾へと

舌を這わせた。

「んっ!?」

 大きくリリスの体が震える。

 逃げようとする尾を手で掴んで引き止め、ハート型になっている先端に舌を這わ

せ、その付け根を指で優しくしごいた。

「ん、ん……ふぅ……」

 声が上擦り、手が震えている。

 陰茎を銜えた口から漏れる嬌声は達弥の意識を侵食し、今にも彼を欲望の権化

へと変えてしまいそうな気配すらした。だが、彼はそれを留めてひたすら尾を弄るこ

とに専念していた。

 黒い尾に熱が走り、顔側へと向けられた彼女の陰部から不思議な匂いが漂う。

 それは決して悪臭などではなく、むしろ彼の本能を刺激する香りだった。

「リリス……なんか、へん……変に……なりそ……っ」

「タツヤ、やっぱり……お前は夢魔にほしいよ……ふふ」

 のそりとリリスが起き上がる。豊満な乳房が揺れ、達弥の心臓が鼓動を早めるの

と同じように達する寸前まで来た陰茎が鈍く痛む。

「私を本気にさせたことを後悔しながら……ん、夢魔の仲間入り……」

「リリ………は、あ……っぅ……」

 呑み込まれていく――一瞬、過ぎった妄想に彼は呼吸をするのを忘れそうになっ

た。そそり立つ陰茎を包む熱い壁と絡みつくような感触に思考のすべてが持ってい

かれる。

 先ほどの尾も、舌も、何もかもを凌駕する凄まじい快楽に何もいえなかった。

 ただ獣のように声をあげ、息を荒げ、腰を上下に動かしているリリスにしがみつい

ていた。

「う、ふ……ふっ……ぁは……ほら、タツヤ……もうすぐ、ん……なれるわよ」

「はぁ、あっ……んぁ、あ、んっ、ふぁっ……」

 翻弄され、最早言葉も紡げない彼に深く口付けを落とし――

「んぁっ、リリ……ス――!!」

 大きく、達弥の体が震えた。

 

 

 ゴミ屑のように捨てられていた彼の手をとったのは冷たい手。

 彼は言った。

「もう、嫌なんだ……こんなの……」

 彼女は笑った。

「お前みたいな人間は久しぶりだ。契約を交わさないか? 気に入った」

 何でもよかったのかもしれない。契約内容も聞かずに契約した。

「一夜の契りを楽しめ――」

 触れた手は、確かに冷たかったけれど。

 この世界の何よりも熱くて。

 溶けてしまうと思った。

 触れられた場所すべてが熱くて、何を考えるの億劫で。

 ただ――一つだけ。

 

 

 この夜空を二人で飛ぶのは悪くないと思った。

 ヒトと夢魔ではなく、夢魔同士として。

 悦楽の散策は悪くないと思った。