――結依は足が速いな――

 

 誰だ。誰の声か。懐かしい、哀しい、愛しい。

 様々な感情抱く、その声は耳の奥へ消えて二度と戻っては来ない。

 次第に迫ってくる冷たい空気はどこのものか――あの声が指すとおりならば地獄か。

 彼女は目を閉じたまま、肌で感じる異空間の空気に身震いした。

 

――微笑みの仮面が涙する 純白の衣装を真紅の涙で染め上げて

 忘れることのない時間が消えていく――

 

 歌って。歌いまくって不安を打ち消す。

 視界がぼやけ、顔に何かが張り付いたのがわかる。冷たいソレは次第に自分の体温と

なじみ、やがては自分の皮膚のように感じられた。

「もうすぐだよ。地獄は」

「地獄………っ」

 楽しそうな声とは裏腹に不安で胸が押し潰されそうになる――いっそ、潰れればいい。

 目を閉じて、彼女は歯を食い縛った。

 刹那。

――ん? 仮面を受け入れたんだ? んじゃ! 僕と交代ダヨ!――

 瞼の裏で少女が笑う。

 純白の仮面の少女が目前まで迫り、手を伸ばす。

「ん………っ、と」

 空中で体勢を変えて、落ちていくのではなく降りていく。

 彼女は楽しそうに鼻歌を歌いながら近くにいる少年へと振り返る。

「ん〜〜やっぱり、外界はいいよねぇ。そうは思わないかい?」

 その声に少年はクスリと笑う。

「全然、性格が違うんだね」

「そりゃあねぇ? 僕はあの娘の理想だったり願いだったりぃ?

 こうなりたいっ!! ってのを集めてるしぃ?」

 純白の仮面のせいで表情までは分からないが、その声は楽しそうでこの落下も何か

のアトラクションとして受け取っていそうな雰囲気すらあった。

「だから僕はデタラメで、アリエナイ、つーわけヨ? お〜けぇ〜?」

 指差して問う彼女に少年は何度も頷いて答えた。

「はいはい。じゃ…結依――」

「だ〜め。僕は結依で、結依じゃないから…そだね、切り札だったり道化だったり。

 ジョーカーでよろしく。それ以外で呼んでも返事しないヨン?」

 彼女の言葉に少年は初めて笑顔を見せた。腹黒い、笑みを。

「へぇ、お前もジョーカーか。めぐり合いってすごいね………ねぇ?」

「…? ワケわかんないこと言ってないでさぁ? 地獄の渡し守ってアレでいいのかい?」

 指差した方向には老婆。

 その周囲には死霊。赤い花々の間を駆けて、老婆から逃げている。

 それらを見下ろして少年は頷く。

「そう。アレを倒してきてよ…殺してもいい」

「ふ〜ん。じゃっ………行くとしようかな♪」

 重力など無視して結依――ジョーカーが空を舞う。白い衣の袖がはためき、赤い花々を

揺らす。死霊たちが空を仰いで、足を止める。それと同時に老婆に捕らえられて何処かへ

と投げ捨てられる。絶叫が聞こえる中、彼女は赤い花々の大地へと降り立った。

 

「渡し守、ちょいと僕に倒されてヨ」