「閻魔様の手を煩わせる必要はなし…ゆけ、怨霊よ」

 老婆の声に応えて、赤い花々の間で揺れていた青白い火の玉が

ヒトの形をとる。

 その姿は今となってはテレビか教科書でしか見ることのできないよ

うな、武士の姿。しかしその顔は死化粧を施しているのか異様に白く、

あたかも歌舞伎役者のように目の周囲は隈取られ、唇は裂けてはい

ないものの血のような紅が耳まで引かれていた。

 強面――そんな可愛らしい言葉で言い表せないような形相をした男。

 血のように赤黒い髪が風もないのに揺れた。

「今もなお残る憎悪を抱いた、平家の怨霊。平 知盛じゃ」

「面妖な…純白の娘よ、退かねば斬る」

 低く、くぐもった声。

 おぞましい――そう、思うものは思うだろう。

 ジョーカーは不自然なまでに笑んだ仮面を指先で軽く掻いて、底の厚い

下駄で地面を踏み締める。

 刹那。

 元が人間とは思えないほどのスピードで走るジョーカー。その姿を捉えき

れなかったか、知盛が防御の体勢をとる。だが、背後から伸ばされたジョー

カーの腕に抱き締められ、その恐ろしい顔に驚愕を浮かべていた。

「う、ふ、ふ」

「く、おのれ…!」

 逃げようともがく知盛に顔を近づけ、彼女はウットリとした声で告げた。

「好み〜なんかもう、惚れたヨ! スッテキ〜地獄ってイイトコだよねぇ?」

「何を申しておるか!」

「時代錯誤がな喋りがまぁた、いいねぇ〜♪」

 頬を寄せて、まるで小さな動物にするように頬擦りをする。

 その光景に老婆は言葉を失った。

「………切り札の娘………此度は何用じゃ………?」

「ん〜? とりあえずぅ、地獄が欲しいって言っても〜百年、千年とかけて

いいって言ってたしぃ?

 今回はトモリンと出会えたことが収穫ってコトで〜♪ 

 ねぇねぇ、成仏できないなら僕と一緒に遊ぼうよ〜」

「なにをするか! 放せ!」

 ジャレ合う二人を見ていた老婆は馬鹿馬鹿しくなったのか、目線をそらして

明後日の方角を向く。

 その耳に、歌声が聞こえた。

 

 

「終わり 告げる 鳥の声

 月の女神 憂う夜

 太陽は 勝利を 叫ぶ

 純白の仮面が 笑った

 

 いくつもの夜を飛んで

 あいに行くと 笑いながら

 赤い花に 囲まれた 魂

 赦すことも 赦されることも 知らぬ

 憎悪に 燃える 赤い異形

 

 すべて 終わる 街の日々

 変わらぬ明日 響く歌

 忘れる過去は 夢の果ての声

 純白の 貴女は 消える

 

 いくつつもの 命 めぐる

 愛していると うそぶいて

 赤い花に 隠された 魂

 交わることのできない運命

 憎悪消えるまで此処で待つよ」

 

 謳い終え、目を閉じると赤い花が揺れる。

「ん? 久しぶりだな、アルテミス」

 片目だけを開けた青年へとアルテミスはその白く、しなやかな腕を伸ばす。

「月女神、アルテミスの名において…あなたをこの牢獄から解放します」

「それは突然だな…もう少し、見てたかったのに…残念だ」

 溶けたかのような姿が、元の美しい青年へと戻る。

 鳶色の髪と、青い瞳。神々をも魅了する美貌の歌謳い――

「頑張れよ――結依」

 浄化の光に包まれ。

 神の月と生を受けた歌謳いが消える。

 赤い花々に包まれて、道化師は笑う。

 地獄の牢獄で見つけた愛しい者を腕に抱きながら。

 

「何度でも来るよ? 

 僕は死なないからねぇ、キミが振り向いてくれるまでずっと!」