倒れていた結依の両親に声をかけ、ゆかりは二人が

他の生徒と同様に無事であることを知る。ただ、軽い頭

痛を感じるのか二人は頭を抱えて首を傾げている。

「ありがとうね、ゆかりちゃん」

「いえ――」

 お礼なんて、と続けようとした彼女の言葉を遮って結依

の父親が口を開く。

「子供のいない私たちにとって、ゆかりちゃんは本当の娘

のようだよ」

「え………?」

 “子供のいない?”

「おじさん、何言ってるの? おじさんたちには結依が…」

「結依? あぁ………女の子が生まれたら、そんな名前を

付けたかったな」

 少しだけ哀しそうに告げる、結依の父親。

「おばさん…っ」

「そうね…男の子でも、女の子でもほしかったわね…」

 塞ぎこむような表情をする結依の母。

 ゆかりは息を呑んだ。まるで、結依が存在しない――最

初から、神薙結依という存在がいなかったかのような二人

のやり取りに、ただひたすら嫌な予感がした。

「ご、ごめんなさい…アタシ、行かなきゃ!!」

 慌てて立ち上がって、走り出す。途中で教師に叱られたが

立ち止まってなんて入られない。急がないと、急がなければ

大切な者を失ってしまう――一度は、放した手をまた繋ごう

なんて虫がいいかもしれない。

 けれど、けれど。

 失いたくない。失ってたまるか。

「結依、ウソでしょ…結依、結依!!」

 まだ、人のいない廊下。

 太陽神と手を繋いでいる純白の道化師へと、彼女は声を張り上げた。

「結依、なにしてんのよ! 早く戻ってきなさい!!」

「だそうだけど、どうするつもり? ジョーカー」

 余裕に満ちた笑みを浮かべるアポロン。その傍らに浮遊する

ジョーカーはクスクスと笑い声を漏らしながら、ゆかりの周囲を旋回した。

「結依………アタシ、まだ結依に返してない本があるじゃない! 

お金だって、まだ借りっぱで………他にも、とにかく他にもアンタ

には返さないといけないものがあるんだから帰ってきなさいよ!!

 アタシの前から消えようなんてゆるさないんだから!!」

 必死で引き止めて。

 あなたを失いたくないと心が叫ぶ。

 けれど―――

「キミの言葉は結依には届かないよ。サヨナラ、記憶の海に沈む記憶の一欠片」

 絶望招く、その言の葉が耳朶を打つと同時に涙が溢れる。

 自らの行いを悔いて、大切なものを失ったそれを罰と思うか。

 記憶の中で鮮明だった親友の顔が次第に薄れて消えて、まるで

最初からいなかったかのように思えしまう。待って、もう少しだけ待って。

 忘れたくない。

 忘れさせないで。

 一番大好きな友達。