静寂に包まれた校内。
歌を止めたジョーカーが血で濡れた床へと降り立つ。
その視線はゆかりへと注がれ――
「………」
何も言わずに、ただただ涙を浮かべている親友。
彼女はジョーカーではなく結依としての声で告げた。
「ゆかり………ごめんね」
「――っ!」
ゆかりの両目が見開かれる。
その視界の中で、床も壁も、毒々しいまでに血に染
まっていた校舎が元の白い校舎へと戻っていく。ザワ
ザワと人のざわめきが聞こえ始め――まるで、何もな
かったかのように時が動き出そうとしているのだと結依
は直感で理解した。
「なんか…ゲーム、みたいだったね。
全部なかったことになるなんて――」
ゆかりを見ていた結依をアポロンが前触れもなく抱き
締める。その顔には満面の笑み、子供らしいといっても
間違いではないだろう。
無邪気な笑みを浮かべて心の底から喜びを訴えていた。
「さすがだよ。ゼウスを殺すなんて、アレの仕掛けた術は
全部解かれた。
ほんと、さすがボクの人形だよ」
頬を寄せられ、軽く口付けられる。
その光景に、ゆかりが言葉を失っているのがよく分かった。
ジョーカーであれば気にしなかったのであろうが、今は神薙
結依――ジョーカーではないのだ。仮面の下の顔が赤くなる
のが分かる。
「ちょっと…今、私ゆかりと…」
「そんなことよりもボクと話そう! 話したいことが山ほどあるんだよ」
明るく瞳を輝かせるアポロンに、なんと言っていいのか分か
らなくなったのか結依はオロオロとゆかりとアポロンの二人を
交互に見ていた。
「…アタシ、或斗たち見てくるから。
戻ってくるから、ちゃんと話しなさいよ」
立ち上がって、元通りになった――朝、登校した時の姿のまま
彼女は廊下を歩く。その背中が微かに震えていたのを結依は見
逃さなかった。
「ゆか…」
「最高神ゼウスを討ったのがボクだから、今からこの世界におい
て最高神はボクになるんだ。
だから、もうこの世界を壊そうだなんて愚かな発言をする老人
はいなくなる、いいことだと思わない?」
純粋無垢な、少年の顔。
これが本当の彼の姿なのかと思うと、「お兄ちゃん」の言葉を疑
う必要性がますますなくなる。
「ボクを手伝ってくれてありがとう。
大好きだよ――だからね」