「ぎぁ、ぎゃあぁぁ!!!?」

 今まで一言も言葉を発しなかったシャドゥが悲鳴

をあげながら悶え苦しむ。

 動かない結依の体から逃げるように飛び退いて、

ガラスを叩き割りながら暴れる。顔を抑えて叫ぶそ

の姿は発狂した狂人のよう。

「何事だ!」

「ふふ…はは、あははは」

 うろたえるゼウスとは裏腹にアポロンは笑みを浮

かべたまま動かない結依へと近づいて、その肩へ

と触れた。一時であれど神薙結依に戻ったせいか、

体温が存在する。

 しかし、それは既に失われ始めており、彼女がど

ちらなのか判断に迷う。

「父上ぇ、シャドゥは負の力を糧に動きます」

 笑いながら、楽しそうに。心底愉快そうに喋るアポロ

ンの腕に抱かれる、結依の亡骸。その顔は死人のソ

レをしており、なぜ彼が余裕の笑みを浮かべていられ

るのかゼウスには理解できなかった。

「もしも、その負の力がシャドゥの容量を超えたら

 ………どうなりますかね? うふふふふ」

「ありえ………」

 渇いた、音が、響いた。

 ゼウスが息を呑んでそちらを見やれば、そこには仮面

が砕けて壁に頭を打ち付けながら絶叫を上げるシャドゥ

の姿。その体が、手足が、頭が、まるで最初から存在し

なかったかのように消えていく。

 消失――最高神ゼウスの創ったものにありえるはずのない現象。

「死者がなぜ、シャドゥを破壊するほどの感情を――」

「父上! まだ分からないのですか?」

 結依を抱かかえたままのアポロンがふわりと浮かび上がる。

 その真紅の瞳は赤々と燃えて、まるで本物の炎のようであった。

「ボクがなぜ、この人間の娘をジョーカーに選んだのか」

「………ジョーカーの素質をもつのは一握りの…」

「違いますよ! 

 神薙結依は守護されてるんですよ――神月、悠によってね!」

「神月…くん? 何を、あなたが――」

 口を挟むゆかりを見下して、アポロンは高い声で笑った。

「ボクが神月悠? 愚かなことを言うね、お前は。

 神月悠は失われた存在だよ。

 誰一人として覚えていることもなく、残ったのは彼が生み出

した一部の歌。自分の運命を受け入れ、そして歯向かった愚

かな男の遺産が神薙結依なんだよ。

 ――ボクは太陽神アポロン。

 神月悠は愚かなデク人形…混合させるなよ、屑」

「か…」

「違うって言ってるでしょ」

 ゆかりの足元を焔の蛇が走る。

 その業火に慄き、彼女は言葉を失った。

「さて、と………神薙結依、顔をあげてごらん」

 亡骸、その冷たい体を震わせる。

 動くはずもない体が動く。

「………う………あ………」

 ゆっくりと、あげられたその顔には凝固した血液がこびり付いて。

 それらを隠すかのように純白の仮面。

 不自然なほどに笑んだ仮面が生まれる。

「く、は……はは………あはは、あひ……うふふ、ははは………」

 笑い声をあげる。まるで産声のように。

「あはは、はは。ねぇ…最高神…ふふ、ゼウス」

 ふわりと、アポロンの腕を抜け出して。

 結依――否、ジョーカー笑う。

 

「この仮面、キミもドウ?」