「ジョーカー。いいことを教えてあげるよ」

 アポロンが口を開く。その声が聞こえているのか、

彼女は何度も何度も殴られ、蹴られ、叩きつけられ、

もう悲鳴も出ないようだった。弱りきったその姿を楽し

そうに見ている彼は正常とはとても思えず、彼の容姿

に惹かれたヒトがいれば、すぐさまきびすを返していただろう。

 しかし、怒り顔の仮面の少女は違うのか、仮面越しで

も伝わるように熱っぽい視線を彼へと向けている。もう

すでにジョーカーなんて存在はいなくなったと決め込ん

でいるかのように。

「お前が探してた柳沢ゆかりの居場所、教えてあげるよ」

 アポロンの姿が掻き消える。

 刹那、昔の結依――シャドゥが物凄い力で跳ね飛ばさ

れる。背中から壁に打ち付けられて、数回ムセ込んだ後、

ズルズルとその場に座り込んだ。

 血を吐いて、苦しんでいる結依の肩を抱き寄せ、血でベ

トベトになった頬へと唇を寄せる。

 まるで恋人に囁くかのように、優しくささやく。

 

 それは、

「柳沢ゆかりは生きてるよ。

 ゼウスの創り出したこの世界で唯一の生きた人間…」

 優しくも、残酷な――

「自らの意思で仮面を装着した、憤怒の仮面…

 ほら、お前の目の前にいるよ?」

 骨を砕く抱擁。

 

「――ゆかり………なの?」

 震える声。

 渇いた音。

 憤怒の仮面と呼ばれた怒り顔の仮面が床の上に落ちて

いる。その下から見える顔。

 もう、何年も同じ顔を見て過ごした。今までも、これからも

ずっと一緒だと。

 そう――信じてた。

「………どうして………?」

 涙が零れる。

「或斗をけしかけたり…

 お母さんや、お父さんを………ねぇ、ゆかり…」

「――っさいわねぇっ!!」

 風が吹き荒ぶ。

 憤怒の仮面を握り締め、彼女は短い制服のスカートをはためかせた。

 その顔には怒りの形相――それはまるで顔に張り付いた怒りの仮面。

「ずっとアンタがウザかったのよ!!」

「――?! ゆ、ゆかり………?」

「昔っからそう!! アタシの欲しいもの全部横からもってく!

 神月くんだって…神月くんだけは………渡さないんだからっ!!」

 シャーペンがドリルを思い出させるかのような速さで迫り来る。

ジョーカーであれば避けられたのかもしれない。だが、ただの女

子高生にそのような人外の攻撃が避けられるはずもなく。

 赤い鮮血が飛び交い、全身に激痛が走った。

「死んじゃえ!! 死んじゃえ!! アンタなんて、アンタ…なんてぇっ!!」

 泣き叫ぶゆかりの顔から涙が落ちた。

 それは血に紛れて見えなくなったけれど、その傷みは何処にも消えず――

 

「アンタなんて、ずっと嫌いだったのよ!! ウザいのよ!!」

 

 ズキズキと痛みながら、膿んで腐っていくしかないのかもしれない。