「アポロン、お主の用意した切り札はもう使い物になら
ぬようだな!
父に歯向かったこと、再び悔いるがいい!」
ゼウスの声が轟き、太陽神の右腕が破裂する。血に
も似た体液を撒き散らして肉片が飛び交う。しかし痛み
の一つも感じないのか、アポロンは口元に笑みを浮か
べたままユニコーンに似た獣を見ていた。
「父上、それは聖獣クロノスですね。
それほど…怖いのですか? 彼女が」
「なんだと…?」
ゼウスの目が細められる。それは不機嫌そうに――
「以前、ボクが歯向かったときはクロノスを出してはいなかった。
けれど、今回は出しています。あなたの身を守る獣をね」
深く、深く焔が嘲笑う。
「ふん…アポロン、見ていろ。
お主の選んだ切り札が死ぬ瞬間を」
ゆっくりと、シャドゥ――昔の神薙結依が起き上がる。それ
は無表情のその顔に漆黒の仮面を浮かび上がらせ、強く床を蹴った。
頭を抱えて蹲っているジョーカー――今は結依へと戻って
しまった彼女の後頭部を掴み、そのまま床へと叩きつける。
骨が軋む音がし、結依の悲鳴が聞こえる。しかし彼は助けよ
うという動きは見せずに、ただただ眺めていた。
その口には笑みが浮かべられたまま。
「やっ…やめて!! 痛い、怖いの!! いやあっ!!」
純白の仮面に血が付着する。それは他人の血液ではなく、
間違いなく彼女自身の流した血。純白の着物をも赤黒く染め上
げていく。
泣き叫ぶ結依とは裏腹にシャドゥの力は増していき、床や壁に
叩きつけられる結依の仮面の亀裂は大きなものになっていた。
「アポロン、シャドゥの動力の源を知っているか?」
「えぇ。知っていますよ」
真紅の瞳が二人を交互に見る。
漆黒の仮面は力強く、純白の仮面は弱々しく。
まるで対になっているかのように。
「シャドゥは対象者の負の感情によって動いています。
今の神薙結依ならいい餌でしょうね」
あっけらかんと告げるその言葉にゼウスは大きく笑った。笑い
声にクロノスと呼ばれたユニコーンのようなものが怪訝な顔をす
る。黄金の角の先をゼウスに擦りつけ、低く唸る。
結依が悲鳴をあげ、悶えている所を見ていた怒り顔の仮面の
少女はどこか楽しそうに飛び跳ねている。太陽神は再び笑う
――何かを知っているかのように。