壁を抜けて、少しだけ曲がる。その曲がり方を知らないから

人間は彼らに会うことができない。少し考えれば簡単なこと―

―曲がり角には数多の命がうごめいて、まるでそこが生命が

誕生する場所であるかのようにも思えた。

 そこを歩くアポロンは遠い過去よりずっと姿を変えていない

初老の男へと声をかけた。

「お久しぶりですね。父上」

 振り返る、男。

「ほう…アポロン。

 また人間のような愚かな者どもを守ろうと降りてきたか」

 父――最高神ゼウスの言葉にアポロンは口元に笑みを浮か

べ、燃えるような赤い髪を指で梳いた。

「違いますよ。ボクは守るためではない」

「ならば黙ってみていればいい。あの愚かな者どもが死に行くさまを。

 我らが与えたものを浪費することしかしらぬ愚か者の断末魔を聞け。

 我は我の箱庭を穢す人間を滅ぼすと決めた」

 ゼウスの力強い言葉に大気が震える。それは振動としてアポロンま

で迫ったが、彼は吐息一つでソレを吹き消すと口元に浮かべられた笑

みをさらに深くし、真紅の双眸を細めた。

「父上。神という存在にも、人間でいう老いがやってくるようですね」

 鼻で笑う。ゼウスの目が細められ、周囲の空気が凍りつくかのように

冷たくなるがアポロンは顔色一つ変えずに、実の父親を嘲笑うかのよう

な表情を浮かべていた。

「アポロン…お主はまだ人間などという下らぬものを庇護するか」

「いいえ。ボクはただ――」

 笑う。嫌な笑顔。実姉のアルテミスと同じ素材で創られているとは思え

ないほどに嫌な笑顔。

「面白い玩具がなくなるのがつまらないだけですよ。

 父上の創り出したジョーカーのシステムもボクにとってはいい暇つぶし」

「学ぶ力がないようだな? 愚かな息子よ」

「ふっ………どちらが本当に愚かか、人形同士の大戦で決めましょう。

 ボクの自慢の人形を見てくださいよ………父上」

 赤い瞳がまたたく。

 閃光のような真紅の光が一閃し、周囲の風景が変わる。

 空気が生ぬるくなり、一気に熱くなる。人間ではあれば肺を焼かれていた

だろう熱の中で、ゼウスとアポロンは互いの姿を見据えていた。

 ――それは、人間の決闘の姿にもよく似て。

 

 

「キモ」

 呟く、声。それと同時に銀の横笛で泣き顔の仮面の少女を横凪にする。だ

がその横笛もまるで鏡に向かって殴るのと同じように、自分のむけた力と同

じ力で弾かれる。同じ勢い、同じ力、同じタイミング。

 いい加減に飽きていた。

 刹那。

「ほう…アポロンの策にはまった愚かな人間か」

 ゼウスの言葉と同時に、ジョーカーの立っている位置が崩れる。

 体勢を崩したジョーカーへと、シャドゥが躍りかかる――