頭の中がモヤモヤする。

 知らないのに知っている――なんて歯切れの悪い答えか。

 階段を昇り、渡り廊下を渡って本能がままに走る。風を切る頬の感覚は

心地良い、まだぬくもりを保っている返り血を浴びるのも悪くない。ただ――

「………そこにいるのかい?」

 閉ざされたドアの向こうから聞こえる声に彼女は足を止めた。

 思い引き戸を開けて、だいぶ削れて底が薄くなってきた下駄で床を踏む。

「いらっしゃい」

 飛び込んできた声と、数本の筆。

 それをカードで弾くと、彼女は大きなカンバスの前でイスに腰掛けている黒

い仮面の男と、つい先ほどにも見た黒い仮面の少女へと目線を向けた。

「アルトだけじゃなくてお母さんも殺したんだ? サイテー」

 クスクスと、笑いながら告げる少女。

 その言葉にジョーカーもクスクスと笑い声を漏らした。

「誰? アルトって。僕は邪魔するヤツを殺しただけだしぃ? あと〜お母さん、

っていうケドサ? 僕の母親って誰?」

 彼女の言葉に黒い仮面の少女の動きが止まる。

「…殺しちゃいなさい」

 小さく、一言呟いてカンバスに向かって無心に絵を描いていた男の背中を叩く。

 背筋を強張らせて、立ち上がった男は無言のまま絵筆を握り締める。

「あんさぁ?」

 男との距離を一気に詰める。

 もはや人間の欠片も見せない動きに、黒い仮面の男が動きを止めた。

「邪魔しないでくれるぅ? 僕…いぃ加減怒るよ〜?」

 中年太り気味の腹に深く、深くカードを突き刺す。脂肪に守られるかのよな位置

にある内臓へとカードを食い込ませると彼女は不自然なまでに笑んだ仮面の奥か

ら声を響かせた。

「殺戮ジャック〜!」

 常人が見れば目を背け、そのまま嘔吐するだろう光景が広がる。

 臍から上を失った体が血を吹きながら、ゆっくりと倒れる。はらりと舞い落ちるは

ジャックのカード。そこから生まれた犬にも似た怪物を直視してしまった黒い仮面

の少女は後ずさりながら、

「自分の父親をこんな方法で殺すなんてね…アンタ、サイテーにもほどがあるわよ」

 彼女の言葉にジョーカーは首をかしげた。

 純白の仮面に付着した返り血が白を赤に染めることなく消えていく――まるで、飲

み干すかのように。

 

「父親ってナァーニィ? ソレぇ」

 

 笑うその顔も、声も、本心からだというのが理解できて恐ろしかった。