それは走る最中に見た夢だったのかもしれない。

 

 セピアの光景の中。佇むのは一人の青年。

 見目麗しいその容姿は万人に褒め称えられ、鮮やかに絶望を謳うその声は

人々に愛される。神に愛された天才とだれが呼んだか、彼は微笑を浮かべた

まま自分を取り囲む人間たちに向かって手を振っていた。

 鳶色の髪を撫でて笑う友人であり、同じ未来を夢見る同士と共に歌う。

 時には辛いことがあったが――幸せだった。幸せだったのだ。

 

 切り替わる映像。

 

 人々の歓声に包まれた、その場所が惨劇の館になる。

 客席には誰もおらず、ステージには各々の楽器の前で絶命している青年ほど

ではないが、整った容姿の持ち主たち――彼の友人であり同士であった青年た

ち。もう動くことのないそれを見下ろしていた青年は白い着物のすそを翻して、天

井へと目をやった。

「さぁ、満足か? 残酷な神。オレはお前の差し向ける未来には屈しない」

 鳶色の髪が揺れる。

 天井近くで浮いている、初老の男は影になってハッキリは見えないものの、恐ろ

しいくらいに整った顔立ちだということが分かる。まるでできすぎた人形だ。

 それと対峙している青年の声は凛と響き渡り、まるで演劇を見ているようだった。

「何ができるというか。愚かな太陽に組した時点でお主は負けている」

 男の言葉に彼は仮面を外しながら、勝ち誇った顔で笑った。

「何でもできる。オレには足がある、手がある、何よりオレは生きている。

 ここまで生きて積み上げてきたものが、お前を倒す」

「愚かな。お主らは何もできん」

「その思い込みが、お前を殺すことになる」

 青年はマイクスタンドを握り、使い慣れた仕草でマイクを口元へと持っていく。

「オレは何もしないんじゃない」

 音が反響する。スポットライトが砕け、破片が舞う。

「オレがするべき事は終わった」

 客席がねじれ、嫌な音を立てている。

「神殺しに相応しい、美しい娘を育て上げた」

 笑う青年。その周囲に不協和音が響き渡る。

「あとはアイツのすることだ。オレは――謳うだけだ」

 鳶色の髪が揺れて、青い瞳が細められて。

 全てが光に包まれたその中で再び声が聞こえる。

「ボクを裏切るなら地獄に堕ちろ。

 もう、顔も見たくない! ――――」

 名前を呼んでいた気がする。

 見覚えあるあの顔。聞いた事のあるあの、声。

 

 ジョーカーは床から少し浮いた場所で足を止めずに首をかしげた。

「…だれ? あの人」