今にも息絶えそうなほどに弱っている仮面の女――その素顔を

見たジョーカーは首をかしげて、見覚えのあるその顔を見ていた。

もう抵抗するだけの余力は残っていない、という確信のもとで。

「んー、なんか見覚えあるんだよねぇ? どこだったかなぁ? はてぇ」

 浮いて、降りて、浮いて、降りて。

 繰り返して落ち着きなく動いている彼女の前で女性が口から大量の

血を吐き出す。耳障りな呼吸音が血塗れの廊下に響いて、女が何か

を呟いた。

「…い、…ユ………イ………ど…し…て………おか…さ…を………」

「ん〜?」

 聞き取り辛いその言葉にジョーカーは上下逆さになって、天井に足

をついた状態で考え込む。見覚えるのあるような顔、向こうはこちら

を知っているといった言葉。

「おか……あ…さっ…は………」

 血を吐きながら紡ぐ言葉から力が失われていく。

 もうじき死ぬのだ、と理解したジョーカーは顔を女へと近づけて、

「ねぇ、キミは誰だい? 僕のコト知ってんのぉ?」

「ゆ……い………………この…親…ごろ…し」

 親殺し――自分の親を殺した人間に与えられる称号。

 もっとも誉められたものではないが。

「親? キミが僕の親だっていうのかい? ふぅ〜ん?」

 彼女の言葉はとぼけているのではなく、本心からのものであり目

の前の女が自分の母親だということを信じる気がないようだった。

 常に笑っている純白の仮面の頬を指で掻き、脳裏にある違和感を考

える。しかしその手は確実に女の命を奪おうと、床に落ちた黒い仮面

へと伸びている。

「お母さん………って、どんなだっけ?」

 指先が、仮面に触れる。

 刹那、砕ける黒い仮面。断末魔の悲鳴をあげて女が事切れる。

 亡骸を見下ろしている彼女は首をかしげて、仮面に隠れた口を小さく開いた。

「………いずれは消えて 僕はどこへいくのだろう?」

 名も知らない歌謳いの――遺した歌が、ただただ口をついてでた。