「………姉上、あなたは傍観しているだけでは?」
壁の中を移動していたアポロンが真紅の双眸を閉じる。瞼の裏に浮かぶ
のはあの、湖のほとりで静かにハープを奏でているだろう、姉の姿。
――アポロン…切り札は脆いもの。以前の彼がそうだったように――
「知っています」
以前の彼――その言葉にアポロンは僅かに眉間にシワを寄せる。整いす
ぎた顔ゆえに、少しでも表情が崩れると一気に恐ろしい顔になる。
「ボクは彼女を信用したわけではありません。
人形として、価値があるから使っているだけです…そうでなければ」
――地獄に堕とす気ですか?――
言葉を遮って告げられた姉の言葉にアポロンは言葉を失った。
「姉上…どうか、どうか黙っていてください」
手が、震えている。
神とはいえど若輩者でしかない彼は動揺のあまり、冷静な判断ができない
状態に陥っていた。真紅の瞳が揺れている。
「ボクは、あなただけは滅ぼしたくありません………」
――アポロン………可哀想な子………――
水面で何かが跳ねる音がする。
それと同時に聞こえなくなる姉の声。静寂に包まれた闇の中でアポロンは小
さく呟く。その声は自信に満ち溢れたものではなく、何か迷いを抱えているよう
にも聞こえた。
「ボクを裏切ったのはアイツだ。人間風情で………だから、神薙結依に…」
包丁が白い壁を抉る。その破片の一つ一つをカードで弾き、黒い仮面の女性へ
と降り注ぐつぶてと変える。直撃を受けた女性が大きく仰け反った。
その隙を見逃すはずもなく、ジョーカーはステップを踏むように床を蹴った。
「そいやっ♪」
底の厚い下駄が女性の腹部へと深く減り込み、そのまま彼女はカードを指ではさ
みこんで楽しそうに叫ぶ。
「堕落クイーン!」
女王の絵柄のカードから薔薇の花びらが生まれる。真っ赤に咲き誇っているそれ
らは一瞬の内に黒ずみ、散っていく。その花弁は女性へと纏わり着いて――
「ばぁーいばあい♪」
ジョーカーの別れの挨拶にあわせて、弾ける。
床の上を黒い仮面が転がった。
「………」
ひざをついて、苦しんでいる女性の顔にジョーカーが動きを止める。
「………どういうことだい」