校庭の中央で佇む少年神は、その燃えるような赤い髪を風に揺らしていた。
その正面には黒い仮面を装着した少女が一人、笑い声を漏らしながら立っている。
「さて、と。ボクと戦いたいのかな? 父上の駒」
彼の言葉に少女は短いスカートを翻しながら、彼との距離を詰めた。逃げようと思え
ば逃げられたが、彼女の戦闘能力はそう高くないということを瞬時に見破ると、彼は動
かずに近づいてくる彼女を眺めていた。
「そんなこと言わないでよぉ………あたしはアナタが好きなだけなのにぃ」
猫撫で声で擦り寄ってくる少女。その手を乱暴に振り払って少年神は口元にだけ笑み
を浮かべた。燃えるような赤い髪が揺らめく――まるで、本物の炎のように。
「興味ないよ。お前みたいな人間に興味をもつわけないだろう?」
「――どんな子だったらいいって言うのよ」
振り払われた手を抑えながら問う少女。彼は口元を歪ませ、瞳を細めて校舎を見やる。
「そうだね………ボクの可愛い人形が一番だよ」
「だれそれ」
少女へと手の平を掲げて、彼はトーンを落とした声で告げた。
「知らないのは自らの意思だよね。そうやって、彼女の意識をこの世界から離させてよ。
ボクの傍に置いておく予定だからね…ふふふふふ」
炎が、舞う。
手の平から、空から、地中から、突如流れ出した炎に仮面の奥から悲鳴が聞こえる。
だが彼は攻撃の手を緩めることなく次々と炎の塊を生み出していた。
逃げ惑う少女の正面へと回り込んで、その足を踏みつける。
「逃げ帰ってゼウスに伝えてよ。あなたの息子があなたを殺しにきました、って」
穏やかな――それでいて狂気を孕んだ声に少女が息を呑んだ。仮面とはいえど、あの
純白の仮面のように完璧には肉体を制御できないらしい。あと数日も使っていれば少女は
全身から血を噴いて死ぬだろう。
そんな未来を想像して笑う少年神。
「伝えなかったらその場で殺すからね。価値のない人間」
その言葉に少女が悲しそうにうなだれる。その姿を嘲笑うように少年神は自らの赤い髪に
指を差し入れて、数本を抜き取る。
「早く行かないと、灰にするよ。ボクはお前に興味なんてないんだ」
あぁ――と付け足すように口を開く。
「ボクの人形はそうでもないみたいだけどね。それだけは感謝してるよ」
抜き取った髪を地面へと放り投げる。
黒い仮面の少女は哀しそうにうなだれたまま、
「殺してやる。あたしの邪魔をするアイツなんて…殺してやる………」
燃え上がる、校庭。紅蓮の炎に阻まれた二人。
少年神が笑っている。黒い仮面の少女を見下して笑っている。
「そんなに灰にされたいの? ボクは人形みたいに優しくないよ」
「………アイツを殺したら、また来るからね」
闇が生まれ、その中に少女が消える。
燃え上がる炎は一度大きく燃え上がると、まるで何もなかったかのように消え去る。
残された少年神はゆっくりと、確実に校舎へと向かって歩き始めた。