「さすが、ボクが見込んだだけあるね。嬉しいよ」
高く、高く。闇の中を昇る彼女の耳に聞こえる声。
「誉めてもなんも出ないヨ?」
その声に返しながら、さらに高く、高く。どこまでも昇る。光はまだ見えてこない。
刺された胸に痛みはなく、純白の衣は汚れを知らぬまま。まるであの感触が嘘のよ
うだ。自分の体内に冷たい金属が入り込む――あの、嫌な感触。
「ジョーカー、一応説明しておくけど。お前はボクの下僕だから」
「ゲボク?」
首をかしげる少女。
彼女に聞こえる声は中性的なままで、その内に秘められた黒い感情を表に出す。
「そう。純白の仮面は切り札の証。本来それを扱うのは父上だけど………下克上って、
言うのかな? 父上に使われると困るからね………先にボクが使っておいた。だから、
お前はボクのモノ。可愛い可愛いお人形だよ」
「ふ〜ん?」
興味なさそうに頷く。
彼女の周囲の闇が薄くなり、音が聞こえ始める。
「じゃ、はやく会おうよ。ボクのジョーカー、可愛い切り札」
闇の中に光が一つ――熱を帯びたソレはさながら小さな太陽。
彼女は小さな太陽へと手を伸ばし、
「僕はゆかりを助けたいだけなんだけどねぇ〜?」
小さな声で、呟いた。
弾けた闇。
佇むは純白の道化師。
足元は血の海。
佇むは死刑の執行者。
互いに視線を交え、言葉もなしに地を蹴る。
紡がれるは音色。銀色の横笛から奏でられる音色に漆黒の仮面の者は悶え苦しむ。
「はい、キミはゲームオーバー♪」
唇から笛を離し、そのまま横薙ぎにする。風を切る音が聞こえ、それと同時に漆黒の
仮面が砕け散る。素顔がどのようであったかなんてことは興味なく、彼女は重い音をた
てて転がるその男子の体を踏みつけて、音のない校舎へと走る――否、飛んだ。
風の間を走りぬけ、まるでそこが地面の上であるかのように振舞う。
「うん。やっぱり理想………アイツもこんな風なら………地獄に落ちずに済んだのに」
鞄を投げ捨てて彼は呟く。
鳶色の髪が赤く染まり、炎のように揺らめく。
透けるほどに白い肌には赤い刻印。それはヒトではなく―――
「姉上、始まりました………どうか見守っていてください」
太陽を背負いし少年神、立つ。