「何者じゃ? …ほう。またあの坊主の遊戯か」

 老婆がシワだらけの顔に笑みを浮かべる。その笑みの醜さに思わず顔を顰めた

くなるが、彼女は純白の仮面の笑みを貼り付けたまま老婆へと指先を向けた。

「キミを倒してきてって言われたんだヨ。つーわけでぇ………ヨロシク♪」

 赤い花々が揺れる。死霊たちが風に打ち消され、断末魔の絶叫が響き渡る。

 少女の人間離れした跳躍力で、老婆の背後へと廻るとほぼ同時に下駄の底で地面

を大きく打ち鳴らす。

「ほう…」

 老婆が感嘆の溜息を吐く。

「今度の切り札はずいぶんと………」

 打ち鳴らした場所から亀裂が入る。

 手折られた赤い花が宙を舞い、矢のように降り注ぐ。それらを見えない何かで防ぎなが

ら老婆は彼女へと手を伸ばした。大地を打ち鳴らし、純白の衣の袖を揺らす仮面の少女へと。

「踊りが上手いようで?」

「それだけじゃないサ♪」

 思い切り地面を蹴って、宙に舞い上がる。

 それを仰ぐ老婆は笑みを浮かべたまま、

「ほぅ、珍しいこって………彼よりも、力は強いようじゃの」

 彼――それが誰だかは知らないが、今よりも前にこの仮面を使っていた人物がいるのだろ

う。彼女は深く考えずに空中で身をかがめた。

 頭の中で欲しいものを描く。

 純白の衣を震わせ、袖を振るって――まるで舞踏のようだ。

「以前の切り札は歌い手じゃったが、此度は――」

「以前、以前ってうっさいヨ? 僕は僕。今は今。これだから老いぼれは………」

 手の中に生まれるは銀色の横笛。

 それを唇へとあてがい、息を吐く。慣れているのかその音は澄み渡り、耳の奥へと響いた。

「む………そうか、なるほど………やるではないか。太陽の坊主」

 音が流れる。歌とは違う音色――アレは歌で惑わしてマイクスタンドで攻撃してきた。

 この少女は―――――?

「僕の鎮魂歌をタップリ味わってねぇ〜♪」

 音色が、変わる。この地獄において生命とも言える核を維持していた意思が震える。

 死を、滅びを、誘われる音色。なんて美しく恐ろしいか。

 老婆は崩れていく自らに恐怖するのではなく、宙で音色を奏で続けている少女を仰いで笑った。

「切り札のお嬢ちゃん………この老いぼれは………切り札の制度なんてのは嫌いだよ」

 

――あれは…哀しみしか生み出さん――

 

 言葉は届くことなく消えていく。

 赤い花々が揺れて、少女は大地に降り立つ。

 静かな大地で怯えてもいない死霊を見る。

「………怖くないのかい?」

「死んでるからな。もうずいぶんと前に」

 淡々とした答え。すでに人の形すらも失ったソレは少女の頭を撫でると背を向けた。

「走れ。誰よりもはやく………お前ならできるだろ」

「誰だい? 慣れなれしいヨ?」

 その手を振り払い、彼女は再び浮き上がる。

 赤い花々が揺れる中――死霊はどこか哀しそうに俯いていた。