―終幕―
桜舞い落ちる。
薄紅色の花吹雪の中で佇むソレは微笑を浮かべた。
静かに幹へと寄り添い、瞼を下ろす。
どこか満ち足りたその表情は月光に照らされる。
「……やっと、眠れる……」
背中を擦りながら座り込む。
ソレへと伸びてきていた荊の蔓が後退し、柩の中へと戻る。
「……そこに……いたんだね……」
幹を撫で、唇を寄せる。
「だめじゃない……私は、ずっと……この下にいたんだから」
爪先で木の皮を剥がす。
少し離れた太い枝に括りつけられたままの縄。
赤黒く染まった木の皮。
「……そこにいても……会えない……ぜったい……
だから、彷徨ったんでしょ? ――くん」
剥がれた皮。
不自然にくぼんだ幹。
上手く隠したつもりか。
隠れてなどいない。
こうして見つけられたのだから。
「今、そばにおいてあげる……」
荊の柩で眠る彼と同じ服。
腐敗した肉体ではあるが、面影はある。
素手で土を掘り返してもう一人分のスペースを作る。
先客は自分。
腐敗が進みすぎて、誰だか分からない亡骸。
その隣に彼を置く。
彷徨いつづけることしかできない彼を――
「愛してるから、いらない。この子は欲しがってる…私は、いらない」
腐敗した亡骸二つ。
寄り添って眠る。
ソレは満足そうに微笑んで、消えていく。
桜吹雪が周囲を包む。
それが消える頃――二人の亡骸は土に覆われ、見えなくなっていた。
まるで最初からなかったかのように。
――どこだか分からない場所。
そこにあるのは古びた柩と荊。
中には彷徨うもの。
今宵も独り彷徨い、何かを探す。
解き放たれるには思い出すこと。
大切なこと。ソレが愛であるか、憎悪であるか。
彼自身しか知らぬ感情は……荊の柩と共に眠る。